リディ以外のみんなに金床代わりの石を探してもらっている間、俺とリディは簡易火床の送風口に向かって「送風」の魔法を使い、風を送り込む。
これで火床の温度が上がっていくのだが、専用の火床ではないし、当然ながらいつもみたいに一度魔法を使えば風を維持してくれるわけではないので、準備も普段どおりとはいかないな。
いつもポンと使って終わりなので、維持はリディに教わりながら、頑張っている。
「魔力が風になって流れるのをイメージすると維持しやすいですよ」
「うーん、風量が安定しない」
「エイゾウさんは慣れてないですからね」
そう言ってクスリと笑うリディ。
「この森は魔力が強いですから、これでも随分と楽な方です」
「都で使うなら、俺だと一瞬だけしか使えなさそうだな」
以前に都で作業したことがあったが、あのときは普通のフイゴと火床での作業だったので、最初から「送風」で風を送り続ける、なんてのは考えていなかった。「着火」で火口になんとか火をつけるので精一杯だろう。炭で火を熾すところまでは無理だという確信がある。
「そういえば、なんでマリベルちゃんに火を頼まないんです? 昨日の焚き火はマリベルちゃんに任せてましたよね」
器用に一定の風量を保ちながらリディが言った。元々、里でやっていたらしく、一日どころか万日の長くらいあるな。
さておき、火の精霊であるマリベルに加熱してもらえば、炭がなくとも加熱できただろう。頼めばおそらく二つ返事で引き受けてくれただろうことも容易に想像できる。
ならば金床代わりに使える石や岩を探して、そこでマリベルに直接加熱してもらえれば手っ取り早かった。
いや、今も炭の火熾しはマリベルに手伝ってもらえばいい。こうやって魔法を使って苦労する必要もない。リディが疑問に思うのは当然である。
「うーん、つまらない話なんだけどさ」
俺は鼻の頭をかいた。送風が弱くなり、慌てて手を戻す。風が再び炭を煽るようになった。
「クルルが運んでくれるたくさんの荷物みたいに、半ば俺達だけでは無理なものならともかく、これは俺たちでも何とかできることだから、できるようにしておいたほうが良いかなって。別にクルルならどれだけ頑張らせても良いってわけでもないけど」
リディからの言葉はない。風を送り込まれた炭がゴウゴウと呼吸をしている音が辺りに響く。
「それに、マリベルなら最悪の場合リュイサさんに預ける、って方法もある。あんまり考えたくないし、マリベルはめちゃくちゃ嫌がるだろうけど。その場合はその後のことを俺たちでなんとかしなきゃいけない。焚き火の着火くらいなら俺でも何とかできるのは分かってるから、マリベルに頼んだ」
自分でも変な理屈だなぁとは思うのだが、誰も手出しできないところへ隠せるマリベルと、それ以外のみんなとでは違ってくるように思うのだ。
それはそれでマリベルを仲間外れにしているようで、心苦しいものがあるが、本当のいざというときにはやむを得ない決断だと、分かってもらうように俺が頑張るしかない。
「変かな?」
「いいんじゃないですか。エイゾウさんらしくて」
リディの方から、風を送る音に加えて、クスリと聞こえてきた。
「そういうとこは好きですよ」
それはどういう? と言葉にする勇気は俺にはなく、
「めっちゃ小さい金床くらいは持ってくるべきだったな」
と風の音にギリギリ消えないくらいの声で言うのが精一杯だった。