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第三陣

「つかぬことを聞きますが」


 元両手剣を覆う炭が、炎をゴウゴウと音を立てて舞い上げる中、その音を突き抜けるような声が俺に届いた。

 声の主は勿論、リディである。


 俺は炭の火を見つめていた顔を上げて、リディのほうを見た。つかぬこと、なんて北方風の言い回し(正確には俺にはそういう感じに聞こえているだけなのだが)はどこで……ああ、カレンがうちにいた頃に教えてもらった可能性はあるな。


「これは前にも聞きましたが、この〝黒の森〟から引っ越すつもりはないのですよね?」

「え? ああ、そうだな」


 うちの鍛冶場は魔力がなければ立ちいかない物事が多い。森でも街でもいいが、この森と同じくらいの魔力量を誇る場所があれば別かも知れないけれど、そんな場所はこの世界を探してもあまりない……らしい。


「他に行けそうなのが魔界じゃなぁ」

「そうですね」


 クスリとリディが笑った。

 そう、他に魔力がたくさんある場所としては魔界があるそうなのだが、魔界にある豊富な魔力とは「澱んだ魔力」である。

 今は特に魔族と戦争状態にあるわけではないため、人間――とそれ以外の種族もだ――が魔界に住むことは制度や文化の上では問題ない。

 それでも魔界に住む人間が少ないのは、ただただ澱んだ魔力が人間には有害だからだ。

 まぁ、つまりは俺が移住しようとしても、定住できるような環境ではないということである。

 魔界の辺縁地域は澱んだ魔力も薄く、実際に定住している人間もいるらしいし、単に生活するなら問題ないのだろうが、うちの場合はそれでは鍛冶仕事が立ち行かないので、魔界への移住は想定にはない。


「少しだけ気になったんですが、あの家から一時的に逃げるとして、戻ってくるつもりはあるんですよね?」


 リディは送風を止めていない。炭もゴウゴウと唸りをあげている。それらの音にかき消されそうになっているが、どこからか鳥のさえずりも聞こえている。

 だが、リディがそれを話した途端、周囲の音がすべてピタリと止んだように俺は感じた。

 それは時間感覚にも影響し、ほんの一瞬のことが数十秒にも感じる。


「ああ……」


 一瞬の逡巡の後、俺が「もちろん」と答えようと思ったとき、


「親方ー! 持ってきましたよ!!」

「クルルルルルル」


 石を探しに出ていたリケとクルル組が元気よく戻ってきた。

 俺は一瞬でも逡巡があったことに自分でも戸惑いながら、


「おう!」


 と2人を出迎える。

 2人が持ってきたのは、リケの目利きとクルルのパワーを活かして、使うには十分の大きさだが、平らな部分が広いものだった。


「これは使いやすそうだ」


 石なので常用するわけにはいかないだろうが、つるりとして平らな表面は使い慣れている金床の表面のようで、凹凸をならす必要もない。

 こうも適した石はなかなか見つけられるものではないだろう。


「少し探すのに時間がかかっちゃいましたけど」

「クルルル」


 なるほど、それで2人は少し時間がかかったのだな。


「いや、全然問題ない。リケたちのは仕上げの時に使わせて貰おうかな」


 あんまり甘えるのも良くないかも知れないが、それまでに他の組のどちらかがもう1つ持ってきてくれそうだし、これはとっときにしておこう。


「やっぱり鍛冶のことならリケさんですね」


 のんびりとした声音でリディが言って、リケが照れ、クルルが高らかに鳴いて喜んだ。

 2人が来るまでの空気はどこへやら、すっかり穏やかな雰囲気になってくれたので、俺は再び火床の様子に神経を配ることにした。

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