斧にする鋼の塊の温度を簡易火床で上げ、家族に持ってきて貰った石の金床――この場合は石床と言えばいいのだろうか――で叩いて形を作る。
それを二回ほど繰り返した。ある程度斧の形にはなってきたかな、という頃合いだが、当然完成までにはほど遠い。
あとどれくらい叩いてやればいいだろうかと、鋼を持ち上げて確認しようとしたとき、耳が小さな音を捉える。
ピシリ、と僅かだが確実な崩壊の音。俺は手早く火床に鋼を突っ込んで送風をリディに頼むと、最初にヘレンとアンネが持ってきてくれた石を確認した。
今までの作業でも、細かい傷はたくさん入っていた。そりゃあ鋼を置いて、その上から鎚で思い切り何度も叩いているのだ、傷がつかないはずもない。
これで傷がつかないようなら、工房に持って帰って、金床として正式採用も検討するところだ。
今の音は、どうやら石にとどめをさしてしまったものだ。今までとは違い、一筋の線が石を稲妻のようにジグザグに横断している。
傷は完全に割れるところまではいっていないが、もうあと1回でも衝撃を加えれば、そこから割れてしまうだろう。
それでも全く使えないかと言えば、小さくなった分、細かいところの作業であれば使えそうだ。使える回数もかなり減ってしまうだろうが。
とりあえず、しばらく出番がないことには変わりない。俺は割れそうになっている石を「よいしょ」と転がし、サーミャとルーシーの石をやはり転がして火床の近くに据えた。
再び火床に戻ってきた俺に、リディが声をかける。
「あの石はもうダメですか」
「うん。今の作業には向かないだろうな。まぁ皆が持ってきてくれた石はまだあるし、ありがたいことにまだ持ってきてくれるから、それでなんとかなりそうだ」
鋼から目を離し、リディに目を合わせて俺は答えた。その答えに、リディはほっとした表情を浮かべる。
この〝黒の森〟の命運を分けるところまではいかないまでも、ちょっとした平和が脅かされるとあっては、本人は冗談めかして言っていたが森に住まうエルフとして看過できないのも正直な気持ちなのだろう。
「作業自体は順調に進んでるし、あの魔物が変なことにならなけりゃ、大丈夫なはずだ」
「ええ」
俺とリディはそう言って頷きあった。
鋼の温度が上がり、あともう少し待てば加工できそうだという頃、ワイワイと騒ぐ声が聞こえてきた。
声の大きさと数からすると、2人で戻ってきたのではなさそうだ。
「あれ、みんなで戻ってきたかな」
「そうみたいですね」
声のする方を見ていると、8つの影。思った通り全員で戻ってきたらしい。
「みんなで戻ってきたのか」
全員の姿がハッキリ分かるようになってから俺が言うと、先頭をやってきていたサーミャが頷いた。
「たまたま、みんな同じタイミングで石を見つけたらしくて、そこで合流したんだよ」
「わ、凄いことになってんな!」
俺が脇にのけておいた石を見て、ヘレンが叫んだ。
「こんな大きな石にあの短時間でこれだけヒビを入れられるほどの作業だった、ってことですね!」
目をキラキラさせながら言ったのはリケだ。
「もう石は十分だと思うから、みんなにはちょっと他のことを任せようかな」
俺が言うと、ディアナがガックリと肩を落とした。
「私たちはまだ1つめ……」
「他の人達が凄すぎただけよ。私もほとんど何もしてないもの。ほら、マリベルもそんな落ち込まない」
そう言って、ディアナとマリベルを励ますアンネ。ここで俺が更にフォローすると逆効果かな。こういうのは任せておいた方が良さそうだ。
そう考えて、俺は宣言する。
「よし、それじゃあ割り振りを言うぞ」
俺の言葉に、了解の声が簡易火床の炎の音をかき消さんばかりに響くのだった。