「そういえばこの時間にこのあたりを歩くのは、はじめてだな」
〝外街〟あるいは〝自由街〟とも呼ばれる区画。夕暮れが全体を染め上げる中、俺たちはカミロの店へと向かっていた。
そんな夕暮れ時の街の風景はあまり見たことがない。いつもは午前の間には帰ってしまうからな。
「だいぶ前も日が暮れるより前には街を出てたしなぁ」
「そうだったね」
そう言ってサーミャとリケが顔を見合わせて微笑む。彼女たちが言っているのは、カミロの店に商品を卸すようになる前、自由市で商品を並べていた頃のことだろう。
あの頃は今よりもかなり往復に時間がかかっていた。それでも街を出るのは日が暮れるよりはかなり早い時間で、家に着いた頃に日が暮れるか、もう少し早いかってあたりだった。
「いつもこんな感じなんですか?」
思いの外賑やかな様子を見て俺が聞くと、
「ええ。結構人が多いんですよ。このあたりはかなり暗くなりますからね」
と、ペトラさんは頷いた。
このあたりに、当たり前ながら街灯のようなものはない。通常であればこの後は暗くなっていくだけなのだな。
「祭りのときには、あちこちで篝火が焚かれるらしいんですけどね」
つまり普段は自分で明かりを用意せずに行動するには一日で最後のチャンスで、一般のご家庭にとって燃料を消費することはなるべく避けたいだろう。
思いの外行き交う人々の数が多く、その誰もが足早なのも当然というわけだ。
「忙しないけど、平和ってことか」
夜間に篝火が焚かれたり、道々に明かりを手にした人々がいたりするのは祭りの時だけではない。
おそらくは有事の際にもそうなるはずだ。帝国で革命騒ぎがあったときのように。
それに思い当たったのか、アンネが大きくため息をつきながらも、小さく笑って言った。
「そうねえ。その証拠に」
クイッと顎で道行く人を示すアンネ。それにつられるように俺と家族、そしてペトラさんも周囲を見回す。
「みんな幸せ……とまではいかなくても、不幸で仕方ないって人はいなさそう」
足早に行き交う人々の顔を見る。暗くなっていく中、ハッキリと表情を窺うことはできないが、落ち込んでいる人は取りあえず見当たらない。
沢山いれば少し気落ちしている人も、この街のどこかにはいるのだろうが、総じて不幸である人は少数派であるようだ。
「ディアナさんに伝えたら喜びそうな話ですね」
人々を見て、リディが言った。俺は大きく頷く。
「たぶん、いつもの笑顔で喜ぶだろうな」
そう言うと、みんな笑って頷いた。