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友と稽古

 マリウスは剣を持った方の腕を、わずかに前に出すスタイルで待っている。

 一見すると何気ない格好だが、だからと言って迂闊に踏み込んで斬りかかれば、あっさりと払われて返されるだろう。


 元日本人で今も刀を愛用していると忘れそうになるが、刀と違い剣は両刃になっている。

 刀で言えば峰にあたる側にも刃がついているわけで、手首を返さなくても斬りつけられる。

 つまり、斬りかかり、払われた後に最短で反撃が飛んでくるのだ。見かけ以上に今のマリウスには隙がない。


 とは言え、このまま手をこまねいて動かないわけにもいかないので、俺は剣を振るう。


「セイッ!」


 正眼に構えていた剣を滑らせるように横薙ぎにする。狙いは胴のあたりだ。上下どっちにズレてもどこかしらに当たるし、間合いを見誤ることがなければ大きく外しはしないだろう。


「おっと」


 マリウスは剣で円を描くようにして、俺の剣を弾いた。すぐさま鋭い反撃が飛んでくる。動きは予想していたとおりだが、鋭さが思っていた以上で、俺は慌てて身体をひねり一撃をかわす。


「やっぱダメかぁ」

「そりゃね」


 マリウスは苦笑しながら軽く肩をすくめる。


「でも、エイゾウもすごいな。さっきのはちょっと焦ったよ」

「そうか?」

「魔物討伐のときにも活躍したとは聞いてたけど、ここまでとは思ってなかった」


 今度は楽しそうに笑うマリウス。


「それとも“迅雷”の稽古のおかげかな?」

「アタイは何も教えてない。完全にエイゾウの実力だけだぞ」

「へえ」


 マリウスはヘレンの言葉を聞いてニヤリと笑う。少し目つきが肉食動物のようになった。

 実際のところ、稽古であっても俺とヘレンがやり合うことは皆無と言っていい。

 それはヘレンが「エイゾウにこれ以上教えるところなんかないぞ」と言ったからで、つまりあとは天賦の才と純粋に身体能力の差ということでもある。


 逆に言えば、チートで引き上げられる上限までは戦闘能力が引き上げられているということだ。

 まぁ、そうでなければ人の身で熊との一対一を制することなんかできっこないだろうけど。


 しかし、その一撃を事もなげに払ってみせたマリウスの実力は相当なものがある。街の衛兵時代にどうであったかは知るよしもないが、捕縛や討伐にはさぞかし力を発揮したことだろう。

 マリウスにはカレルという兄の他にも、兄がいたというが、彼の腕前も相当なものだったのだろうな。

 この世界で武名の家であるからこうなのか、それともエイムール家が特殊なのかまでは俺の知るところではないが。


「もうちょっといけるかい? エイゾウ」

「お前もヘレンも、俺がただの鍛冶屋ってことを忘れすぎじゃないか?」


 俺は苦笑するが、マリウスもヘレンも涼しい顔で俺が再び構えるのを待っている。


「ようし、それじゃ次は一回本気で打ち込んでみるか」

「お、さすがはエイゾウ。そうこなくっちゃ」


 言葉に明らかな喜色を滲ませてマリウスが言う。そう言えば、ディアナも結構な戦闘民族だった。その兄がそうでない理由はどこにもない。


 俺は2人の戦闘民族に見つめられながら、スッと剣を構えるのだった。

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