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稽古は終わって

 俺はグッと姿勢を低くし、脚のバネをためる。木剣は腰のあたりで構えた。

 形状は違うが、刀で居合い斬りをする格好――多分にマンガっぽいものだ――が一番近い。


 マリウスが再び木剣を前に出す。先ほど弾いたときの影響だろうか、僅かに音がした。


 脚にためた力を解放する。ここの風景が後ろに流れていき、一瞬でマリウスが眼前に迫ってきた。

 もちろん、彼がこちらに来たのではなく、俺が一気に近づいたのだが。


 俺は腰の木剣を再び横薙ぎに払う。先ほどとは違ってトリッキーな動きではないが、その分速さがある。反応が遅れれば対応はできないだろう。

 逆に言えば、これが防がれてしまうと俺に打つ手はない。本気の一撃だからだ。


 まともに当たれば、明日に僅かばかり影響してしまいそうなそれがマリウスの胴を捉えようとした瞬間、マリウスの手首がひるがえり、手にした木剣が自らの胴のあたりで回転する。


 バキィッッ! と鈍いが乾いた大きな音が響いた。俺の木剣はマリウスの胴を捉えることはなかった。その手応えがない。

 しかし、マリウスからの反撃もまた来なかった。


 だが、決着してその必要がないと判断したのではない。できなかったのだ。

 俺とマリウスの木剣は、どちらも打ち合ったところから砕けて折れているからだ。


「やるなぁ」


 踏み込んだ姿勢から、体を起こしつつ俺は言った。正直、完全に捉えたかもとまで思ったが、流石にそう甘くはなかったようだ。


「いや、そんなことはないよ」


 マリウスは苦笑する。


「今のはエイゾウならもう一度狙ってくるだろうなと思って、勘で動いただけで、それも外れていたら完全に貰っていたよ」


 今度は俺が苦笑する番だった。


「それで防げたんだから、普通に実力だろ。なあ?」


 俺は見ていたヘレンの方を見る。彼女は大きく頷いた。


「エイゾウの言うとおりだな。それで対応できるかどうかは実力って言っていい。今

 までやったことなかったんだろ? 1回で見切ったのは相当だよ」


 それを聞いて、マリウスの表情が明るくなる。


「君ほどの実力者にそう言ってもらえるなら、信じてみようかな」

「おいおい、俺はどうなんだ」


 俺はそう言ってわざとらしく口を尖らせる。3人の間に笑いが起きる。


「それにしても、エイゾウもここまでやるとはね。話に聞いていた以上じゃないか」

「ただの鍛冶職人ですが、お褒めにあずかり恐悦至極」


 俺は仰々しく礼をした。マリウスが呵々大笑する。


「まぁ、これでお互い明日は問題ないことが分かったな。動きも問題ないだろう」

「だな」


 俺とマリウスはそう言って頷きあう。さて、いよいよ明日は〝遺跡〟に潜ることになる。不安と好奇心が今のうちから高まってきている。

 あまり明日に響かないようにしないといけないな。遠足前の夜を思い出しながら、俺は片付けを始めた。


 もちろん、まだ時間はあるからもっとやろうと強く強く主張するヘレンを「明日に響くといけないから」となだめながら。

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