俺とヘレンが都から帰ってきたのがちょうど昼頃だったので、そのまま昼飯にしようということになった。
俺がいない間の食事はリケとリディが用意していたそうだ。お嬢様組も手伝ったと聞いているので、いずれできるようになるだろう……多分。
春で折角の良い日和だしと、昼食はテラスで摂ることにした。メニュー自体はいつもと同じで朝食のときのスープに無発酵パン、それに干し肉と一緒に畑で取れた作物を焼いたものだ。
『いただきます』
離れていたのは、ほんの2、3日なのだが、家族全員で揃って食前の挨拶をするのもずいぶんと久しぶりな気がする。
マリウスの家での食事も、あれはあれで友人との食卓なので楽しくはあったが、俺はやはり今みたいにワイワイしているほうが気が楽でいいな。
食事をしながらの話は勿論、都での出来事である。うちには帝国の皇女たるアンネがいるので、どこまで話して良いものかは迷った。
しかし、ルイ殿下がこのあたりを考えず俺に話したとも思えないので、王国の建国にまつわるらしいものが〝遺跡〟にあるかも知れない、というところだけを伏せて話した。
サーミャやディアナは「〝遺跡〟探検」と聞いてワクワクしていたようだが、実際のところは散歩のようなもので終わったと知ると、あからさまに肩を落としていた。
「まあ、そうそう色々出るもんでもないらしいし」
俺がそう言ってフォローすると、ディアナが食い下がる。
「あ、そうそう、魔物は? 魔物はいなかったの?」
「俺たちが潜った範囲では見なかったなぁ。もっと下層までいけばいるのかも知れない。下層があるなら、だけど」
俺達は結局第2層までで引き返したので、それより下がどこまであるのかについては知らない。確か3層へ降りる場所はあったはずなので、そこまであることは確実なのだが。
「そもそも魔物が湧くのか?」
俺の言葉に、リディが困ったような顔をして答えた。
「町などは魔力が薄いので、淀んだ魔力も発生しにくいです。なので魔物もなかなかいないかと……」
「ままならないわね……」
「この森に〝遺跡〟があれば別ですけどね」
一層肩を落とすディアナをリディが慰めた。
そして、公爵派の動きを少しだけ封じているらしいことも話した。
「そんなわけで、しばらくは襲撃について神経を尖らせる必要はなさそうだ」
俺|(とヘレン)以外の家族からどよめきと歓声が上がる。今現在、ここに住んでいての懸念はそこだけだからな……。
「それで、仕事もあるんですよね!」
目を輝かせてリケが身を乗り出さんばかりにきいてきた。俺が受けてくる仕事は当然ながら基本的には鍛冶のことである。鍛冶屋だし。それならリケの興味がそこに集中するのも当然だ。
「まぁな。こいつだ」
俺は金属の立方体を懐から出した。食事の席に仕事の話とその材料を持ち込むのはどうかと思わなくもないが、今回のおみやげと言えばこれくらいなものなので、ディアナやアンネには許して欲しいところである。
立方体は少し虹色がかった金属光沢を放っている。リケが「触ってもいいか」と視線を送ってきたので、俺は頷いて許可する。
「硬いですね」
さすがドワーフというべきか、リケは触っただけで大体は見抜いたようである。まぁ仕事の内容までは知るよしもないだろうが。
「そいつを加工して……」
「刃物か道具ですか?」
先回りするリケに俺は少し苦笑する。いや、この熱意こそが短期間で彼女の実力が伸びた理由なんだろうな。
それに、俺の言葉には少し間違いがあった。
「加工して、というと少し間違っているな。そいつを粉々に砕いて、何らかの手順を踏まないと見えないインクを作れ、というのがルイ殿下からのご依頼だよ」
聞くだに難しそうな依頼の内容に、リケがヒュッと息を呑む音が、少しだけ静かになったテラスに響くのだった。