「むむむむむ」
俺は腕を組んで唸った。気合を入れたものの、あまりいい案が出てこない。
普通の加工方法だけでは駄目だということは分かった。これまでに様々な素材を加工してきたが、基本的な作業は鋼とそう大差ないものばかりだった。
とうとう、それでは通用しないものが現れたわけである。ワクワク感があるのは確かだが、果たして加工できるのだろうかという不安も小さくはない。
実際、過去には加工できなかった職人も存在しているわけだし。
「とりあえず魔力を抜いてみるか」
積み上がっている板金をいくつか持ってきて、金床の上に置く。さらにその上にカリオピウムを乗せた。
この状態で叩いていけば、魔力のこもっていない板金に、カリオピウムから魔力が移っていくはずである。
勿論、今までと同じであれば、という前提が必要にはなるが。
「さて、やってみますか」
呟いてから、俺は鎚を振り下ろす。キィンと澄んだ音に、ガキンと派手な音が混じったものが鍛冶場に響いた。
魔力を抜くにしても1回や2回で変化がわかるようなものではないので、何度か繰り返した。
「どれどれ……」
チートの手助けを借りて、俺はカリオピウムの様子を見てみた。
俺の目に見えたのは、形は勿論、魔力の量も変化していないカリオピウムだ。重ねた板金のほうを見てみる。
そちらの魔力の量も叩き始める前とさほど変わっていなかった。多少増えてはいるが、ここにある魔力が入っただけのもののようだ。
「リディ、すまないがもう一度来てくれ」
俺がリディを呼ぶと、彼女はすぐに来てくれた。
「どうしました?」
「カリオピウムから魔力を抜こうとしたんだが、どうだ?」
そう言ってリディにカリオピウムを差し出す。彼女はそれを手に取ると、かざすようにして眺めた。
「ううん、全然変わってませんね」
「だよな……」
俺はがっくりと肩を落とす。
「何か順を追って作業をする必要があるんでしょうか」
「というよりも、恐らくはそもそもの方法が、他のものとは違ってそうなんだよな」
「なるほど」
リディはそう言って頷き、再びカリオピウムをしげしげと眺める。
「魔力の流れがおかしい、ということもないですね。何か異常があればそこを突けそうですが」
「そうなんだよなぁ。何をしてもとにかく変化がない、ってのが困りどころだ。とりあえず、俺の目がおかしくないのは分かったよ。ありがとう」
「いえいえ」
俺にカリオピウムを返し、リディは小さく手を振ると作業に戻っていった。
しかし、物理的な行動が駄目となると、あと考えられるものとしては魔法的なものか、あるいは化学的なものしかアプローチが思いつかない。
魔法的なもの、とは何らかの魔法を駆使することで加工可能になるかも、という話だ。
しかし、これはリディが言い出していないことからも分かるように、「どんな魔法が有効なのか」についてはさっぱりわからない。
よしんば分かったとしても、それを今習得しているならさておき、今から探って習得してとなるとどれだけ時間がかかるか分かったものではない。
一方の化学的なものだが、厳密に元素や化学式としてどうのこうのというだけでなく、3日間水につけてアクを抜く、みたいなものも含めての話である。
だが、こちらもやはり試すことが無限にありすぎる。せめてもう少し絞れれば……。
結局、この日のインク作りは決定打を欠いたまま、終わらざるを得なかった。明日にはもう少し何か掴めると良いのだが。
そう思いながら、俺は鍛冶場の扉を閉めるのだった。