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「まぁ、そんなわけで上手くはいかなかったなぁ」


 もぐもぐと夕食を頬張りながら俺は言った。インク作りは手詰まりになりつつあった。

 すべてを試した、と言えるほどのことはまだしていないが、試すことを増やすとなると無限にやるべきことが広がっているのである。


「親方でもすぐになんとかなるわけじゃないんですね」


 こちらはカップの中身(今日は火酒ではなく、水で割ったワインだ)を空けたリケがそう言った。俺は肩を竦める。


「そりゃあ、ただの鍛冶屋のオヤジだからなぁ」

『ええ~……』


 全員からジロリと白い目で見られてしまった。心なしかルーシーの視線も若干冷たいような気もする。よく分かってなさそうなのはマリベルで、彼女だけが皆の様子に気がついてキョトンとしている。


「普通かはさておき、メギスチウムもオリハルコンも俺1人じゃどうしようもなかったしな。何でもすぐ上手くできるとは限らないさ」


 実際にはチートの手助けを借りてもそれなのである。本来の能力であれば何一つ太刀打ちできなかったに違いない。


「もう2~3日は試行錯誤が続きそうだ。せめて2つに割れれば、片方を水に漬けてる間に、もう片方を土に埋めるとか、別々に試せるんだがなぁ」


 夕食を平らげて伸びをしながら俺は言った。

 ディアナがそれを見て「行儀が悪い」と言いつつ続ける。


「2つに割れるなら、粉々にできるんじゃない? 時間はかかるかも知れないけど」

「それはそうだ」


 倍々ゲームで10回もやれば1000個超になるのだ。1回あたり1時間かかっても10時間でそれだけ細かくできるなら問題あるまい。


「打撃とかでは駄目だったんだよなぁ。ああ、でもヘレンにぶん殴ってもらうのはありか」


 自分の名前が出てきたのを聞いて、ヘレンは自分を指さした。俺は頷く。


「俺やリケはあくまで鍛冶屋として叩きはしたが、純粋にダメージを与えるならヘレンかなと思って」

「いや……うーん、でも確かに」


 ヘレンは否定しようとしたが、戦闘能力という意味でウチどころかこの地域で右に出るものはいない。加工を目的とするなら、それなりの鎚さばきというか、そんな感じのものが必要になるが、ただ砕くのみであればヘレンが適切なように思う。

 これで駄目なら、いよいよ打撃では駄目ということにもなるが、試してみる価値はありますぜ、というやつである。


「十分な安全対策は必要になるけどな」


 ヘレンに叩かれれば上手くいくにせよ、そうでないにせよ、とんでもない速さで飛んでいくかも知れない。流石に火薬で発射するほどにはならないだろうが、普通に怪我をする速度に達している可能性は十分にある。

 そもそも眼に当たれば危ないし、ちゃんと保護しないといけないだろう。前の世界のようにポリカーボネート製の保護メガネ、みたいなものがないこの世界でどうやるか、はそれはそれで模索しないといけないが。


「それを思いついたら、頼むことになるかも」

「わかった」


 今度はヘレンは素直に頷いてくれた。


 翌朝、決め手に欠けることもあってか、いまいちモヤモヤ感が薄れないまま朝の日課と食事を終えた。

 鍛冶場の準備をしつつ、さて今日は何から試そうかと思っていると、サーミャが耳をピクリと動かす。


「どうした?」

「たぶんアラシが来た」


 アラシはカミロの店にいる伝書竜で、いつも手紙や〝新聞〟を運んでくれている。何度もうちに来ているので、サーミャは翼の音を覚えているらしかった。


 アラシは家の側にある伝言板の上に止まり、うちのハヤテと言葉をかわすように頭を擦り付け合っていたが、俺たちが出てきたのを見るとすぐに飛んできた。

 アラシの足元には少し大きめの袋が結び付けられていたので、それをすぐに外してやる。


「よしよし、よく運んでこれたな。ご苦労さん」


 俺がそう言ってアラシの頭を撫でてやると、アラシは、


「キュイッ」


 と誇らしそうに胸を張って鳴いたあと、すぐに空へ戻っていった。いつもながら仕事熱心である。すぐに帰っていったアラシを見ても、ハヤテも特に寂しそうな様子はないので、2人ともそういうものと思っているのかもなぁ。


「今日の予定は?」

「親方以外はいつもどおりですよ」


 リケに尋ねるとすぐに返事が返ってくる。それじゃあ、俺が言うことは1つだな。


「じゃ、ちょっと予定を変えて、テラスでこれを開けるか」


 おーというどよめきが黒の森に響き、俺は鍛冶場の火を落とすため、鍛冶場に引っ込んだ。


「よし、それじゃあ開けるぞ」


 皆が注目する中、俺は袋の口を結んでいる紐の端に手をかける。今まで手紙やちょっとしたものが送られてきたことはあったが、ここまでの大きさのものは初めてだ。

 開けても危ないものが噴き出したりはしないだろうが、それとはまた違う緊張感がある。


 紐は少し固めに結んであったが、すぐにパラリと解ける。口を広げて手を入れると、羊皮紙らしいものの感触と、もう1つフニャリと柔らかいものの感触がある。

 フニャリとした感触は予想していなかったので、少しびっくりしたが、そのまま引き出すと片方はやはり羊皮紙だった。恐らくは手紙だろう。俺はそれをディアナに渡す。


 もう1つのフニャリとしたものは、これまでに見たことがない。魚の鱗のような形をしているが、かなり大きいしヘニャッとして全く硬さがない。

 何らかの生物の表皮だとしても、こんなに柔らかいものを纏って意味があるものなのだろうか。


「なんだろうなこれ。手紙にはなんと書いてある?」


 ディアナの方を見ると、わずかばかり手が震えている。俺がどうした、と聞こうとすると彼女は手紙に落としていた視線を俺に向けてこう言うのだった。


「それ、ドラゴンの鱗ですって」

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