〝竜の息吹〟を入れた壺の移動はあっさりと済んだ。考えてみれば、それよりも遥かに熱いものを普段から扱っているのだ。
俺とリケ、ヘレンで鍛冶場にある皮の手袋を手にはめて持ち、熱くなってきたらバトンタッチであっさりと移動させることができた。
「このあたりならいいかな」
温泉の廃水池(ちらっと様子を見に行ったら、今日も鹿や虎など、森の湯治客で賑わっていた)から少し離れたところに置いておく。動物たちも目に入ったら気になるだろうから、目につかないあたりだ。
壺の場所を移してしばらくすると、他の皆が柵に使う資材と、小さめの袋と壺を持ってやってきた。資材は細い丸太や木の板などである。
勿論持ってくるにはクルルが大いに活躍してくれていた。彼女がいなかったら、この短時間でやろうとは思わなかっただろうな。
「よし、それじゃあ、ササッと終わらせちまうか」
俺たち家族が力を合わせれば、すぐに終わるだろう。こんな言葉はないが、昼飯前というやつである。
細い丸太の先をナイフで尖らせて杭にする。特製ナイフは鉛筆を削るようにサクサクと丸太を削ってくれた。
それを打ち込むのはアンネの役割になった。純粋に背が高いし、筋力もあるから適任だし、本人も「やってみたい」と大変に乗り気だったので任せることにする。
杭を立てるのもすぐに終わってしまった。ここらの土は多少硬いのだが、杭に使った木もかなり硬い。ポンポンと、前の世界で見た早回し動画のように杭が立つ。
そこへ横板を釘で打ち付ければ完成だ。ちょっと大きめの掘っ立て小屋、とも言えない感じのものが出来上がっている。
あちこちにそこそこの大きさの隙間があるので、小さな動物たちは入れてしまうが、寄れば熱いことは分かるだろうから、なんとか自衛して欲しい。
今は大きめの動物たちがうっかりひっくり返したり、そもそも熱いと分からないまま手を伸ばして触ってしまったりすることを防げれば良い。
ともあれ、これで〝竜の息吹〟保管庫はほぼ完成である。
俺は完成まであと一歩の保管庫を眺めて言った。
「こいつを残すなら、『皇女殿下の柵』とかの立て札でも作って後世に残されるようにしないといけないな」
「それは勘弁して欲しいわね」
うへぇと舌を出しながらうんざりした顔で返すアンネ。森の中に笑い声が響く。
「ようし、それじゃあ仕上げだ」
俺は柵の資材と一緒に持ってきて貰っていたものを袋から出す。コロリと出てきたのはカリオピウムだ。
小さな壺に〝竜の息吹〟の内容物を入れる。さらにそこへカリオピウムも入れて、保管庫に入れておいた。
しばらく入れてみて、どう変化するのか見てみるのだ。小さな壺に入れているので、万が一溶けてしまっても、溶けた液は取り出せる。
そこから乾燥させるなり何なりでどうにかできる可能性が残るからな。あるいはその液そのものが目的のインクになっているかも知れない。
ここは賭けになってしまっているが、インストールでも教えてくれない以上は試行錯誤しかないだろう。
そして最後に、俺はもう1人の専門家に尋ねた。
「こいつは火を上げそうか?」
「え? うーーん」
マリベルがジッと壺を見る。この末の娘は炎の精霊だ。炎の専門家に聞けば、火の手があがるかどうか、多少は分かるだろう。
勿論、最終的な判断は俺がする。これでもし火の手が上がったからと言って、娘を責めるようなことは絶対にしたくないからな。
「うん、ボクが見た限りだと大丈夫そう」
「そうか」
俺がホッとしつつ、マリベルの頭を撫でてやると、娘はニンマリと笑った。
最後に出入りのために開けていたところに横板を打ち付け、封鎖すれば保管庫の完成だ。
いずれもうちょっときちんとしたものを作らないといけないだろうが、森の動物達には、今のところこれで勘弁して貰おう。
「よし、それじゃあ昼飯にしようか。その前に……家まで競争だ!」
「あっ、ズルい!」
走り出した俺の後ろから、サーミャの声が追いかけてくる。
俺たち家族は朝からちょっとした運動に興じるのだった。