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粉砕

 キィンッ! と思いのほか大きな音が響き、カリオピウムに亀裂が入った。もう一度同じところを狙って叩くと、チリンと金属音を立てて欠片が飛ぶ。


「おっと」


 欠片はどこにも当たらず、鍛冶場の床に落ちた。俺はそれを拾い上げる。

 手の中の欠片を見る。破断面は不規則で、ガラスが割れたような感じになっていて、これなら粉砕していくのは簡単そうに思える。


「よし、それじゃあ続けるか」


 破片を金床に置いて、カリオピウムを更に細かく砕いていく。思っていたほどの力は必要なく、カリオピウムはポロポロと崩れるように細かくなっていった。

 ある程度まで小さくなったところで、カリオピウムを鋼製の乳鉢のような道具に入れる。これはもともと薬草を粉にするために用意したもの(もちろんリディの要請による)だが、今の状態ならこれが使えそうだ。


 ゴリゴリと砕いていくと、カリオピウムは予想以上に細かな粉になっていく。サラサラと、粉末と言っていいくらいの細かさだ。


「んん?」


 これだけ細かければ良いかな、と思ったところで、俺はあることに気がついた。

 カリオピウムの色が更に失われているように見える。

〝竜の息吹〟に漬け込んだあと、金属光沢がかなり失われていることはさっき確認したが、今はくすんだ鋼というか色彩が失せてしまっているような。


「リディ、ちょっと来てくれ」

「はい」


 作業をしていたリディを呼ぶと、すぐに来てくれた。


「すまんな」

「いえ、大丈夫ですよ」


 そう言って微笑むリディ。俺は彼女に乳鉢の中身を指し示す。


「なんだか様子がおかしくて。ひょっとして魔力が減ってるのかなと思って」

「ああ、なるほど……」


 チートでも減っているような様子が少し窺えるのだが、鍛冶ではないと判断されているのか、いまいち掴みにくいのだ。

 リディを度々呼ぶのも気が引けるが、やはりここは専門家に見てもらうのが一番だろう。


「確かに、かなり魔力が減っていますね。というより、ほとんど無いのでは?」

「そうか。見間違いじゃなくて良かったよ。ありがとう」


 俺が礼を言うと、リディは再び自分の作業に戻っていった。


「加工法としてはこれで正しそうだな」


 基本的にこれを繰り返せば粉状にし、顔料として使えるようになるはずだ。

 残ったカリオピウムを一旦細かく分けようとして、俺は気がついた。

 置いてあったほうのカリオピウムも、色が抜けきっているのだ。


「んんんん?」


 もちろん、こっちの方は何もしていない。なのに状態が変わったということは、放っておいても起きる何かがあったということだ。

 そしてこの色になっているなら、魔力が抜けたはずで……。


「もしかして、カリオピウム自体が魔力を閉じ込める殻みたいなものでもあったのか?」


 本質的には鋼のように金属質だが、さっき角を欠いたことで、卵の殻が割れた時のように、中に入っていたもの、つまり今回は魔力が抜け出たのかも知れない。

 酢に卵を漬けると殻が反応し、溶けてなくなるのと似たようなことが、〝竜の息吹〟に漬けたことで起きたと考えたら、魔力が抜けていた理由も説明がつく……ような気がする。


 普通の物質では考えられないことだが、魔力がらみの事象でもあるし、あまり前の世界の常識は通用しなそうだ。


 ともあれ、これで加工しやすくなってくれたことは間違いない。

 俺は残ったカリオピウムも乳鉢に放り込み、ゴリゴリと崩しはじめるのだった。


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