「ここまで細かくすれば十分か」
乳鉢の中にはさらさらと粉砕されたカリオピウム。顔料としてはこれくらいで十分だろう。
「さて、次はどうしようかね」
顔料からインクを作るには、これを油や水に混ぜる必要がある。
そして、可能であれば顔料が綺麗に分散して欲しいところだ。たとえば水に混ぜたとして、すぐに沈んでしまうようだとペン(たいていは羽根ペンのようなものだ)を使うときにやや問題が発生する。
単純に水分だけがペンについて、紙に書けない、という可能性が出てくることだ。
とは言え、十分に細かくしていれば、混ぜながらなら使えると思うので、ある程度で良いだろう。
「何に溶かすかな……」
油に溶かせば、その粘度で粉が沈みにくくなるが、その分乾燥が遅くなる。
その油も何でもいいわけではなく、そもそもほとんど乾燥しないような油を選んでしまうとよろしくない。
特に今回は文書に使うものでもあるし、乾燥して定着してくれるほうを主眼にしたい。
「一旦、水に入れてみるか」
鍛冶場にある、染料を入れたり、作業に使う水を入れたりする容器に水を汲み、そこにカリオピウムパウダーを入れた。
粉が細かいからだろう、おそらくは表面張力であまり沈んでいかない。
グルグルと細い木の棒(これも作業で使っているものだ)でかき混ぜると、粉は水と馴染んだのか、混ざっていく。
何回か粉を投入していくと、なんとなく水に色が着いたように見える。
「少し置いてみよう」
カリオピウムも金属である。すぐに沈んでしまい、常に混ぜていないといけないようだと使いにくすぎるだろうから、少しだけ粘度を増やしてやらないといけない。
幸い、カリオピウムはすぐに沈殿してしまうこともなく、少しの間は混ざったままだった。
ずっと混ざったままというわけでもないが、取りあえずの用はこれで足りそうだ。
「次は試し書きか……羽根ペンを作ってみるか」
インクができても、それを使って書くための道具がなければ意味がない。筆記用具そのものはあるが、使用済みのものだし、新しく作った方が何かあった場合にも問題の切り分けが多少しやすいはずだ。
「サーミャが獲ってきた鳥の羽でいいな」
俺は倉庫から鳥の羽を持ってきて、ナイフで先端を整形していく。これも前の世界では経験のないことだが、生産のチートがはたらいてくれるおかげで手順がわかる。
羽軸の先端を斜めに切り、さらにその先端に細かな切れ込みを入れた。これで、インクを保持しつつ、書ける羽根ペンの完成だ。
カリオピウム溶液(正確には溶けたわけではないが)に羽根ペンを浸し、準備しておいた羊皮紙の上でゆっくりと動かす。
「む、思ったよりはマシか」
羊皮紙の上に文字が描かれていく。薄いグレーと言った感じで、見にくいことは見にくいが、全く見えないわけでもない。
逆に言えば、今完全に消えているわけでもないし、濃くする方法もまだ分かっていない。
実際に使用するにはそれらの確認と、保存方法の確立が必要だが、物を書くという目標は達成できたようだ。
没食子インクは化学反応で少しずつ黒くなっていき、文字が現われる。文字を書いてすぐは透明で書いた文字が見えないため、青い染料を混ぜていたりする。前の世界の万年筆に使うブルーブラックインクである。
最終的には染料が退色して、黒いのだけが残るのだったかな。
さておき、書いた当初は見えていて乾燥するなどで消えていき、一定の手順で再び見える、ということが出来る方法を探らなければいけない。
どちらも一筋縄ではいかなそうな気がする。
「ま、カリオピウムの加工は出来たわけだし、一段落にするか」
工房の外を見ると、すっかり日が高くなっている。そろそろ昼食の時間だ。一旦はこれくらいにしておこう。
「みんな、お昼にしようか」
家族たちの元気な返事が響く中、俺は新しく作ったインクの入った容器を一旦神棚に上げておいた。