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のどかな昼食

「いい天気だな。テラスで食べるか」


 春の日和で外の空気が心地よく、俺は昼食をテラスで取ろうと提案した。気温も程よく、娘達も一緒に食事ができる絶好の日和だ。

 まぁ、テラスができてからというもの、雨が降っていないときはクルルとも一緒に食事ができるテラスでの食事がメインになってはいるのだが。


「そうね、テラスがいいわ」

「そうしましょう」


 ディアナとリディが賛成の声を上げる。


「じゃ、準備しようぜ」


 サーミャがそう言って、家のテーブルに並んだ料理を手にテラスに出て行った。


「クルル、ルーシー、ハヤテもこっちだぞ」


 準備ができたテラスで俺が呼びかけると、三人とも嬉しそうに寄ってきた。特にクルルは尻尾を左右に振りながら、軽やかな足取りだ。

 外で家族と一緒に食事ができる機会は、娘たちにとって特別なものなのだろう。

 テラスのテーブルを囲んで、家族全員が席に着く。ヘレンがクルルの分の肉(もちろん別に分けて味をつけずに焼いただけのものだ)を大きな皿に盛り、アンネがルーシーの分を小さめに切り分けている。


「いただきます」


 全員で手を合わせ、食事が始まる。春の陽気の中、森からは小鳥のさえずりが聞こえてくる。時折そよ風が吹き、木々がサワサワと音を立てる。


「親方、この煮込みいいですね」

「ほんとうねぇ」


 リケとアンネが口々に言う。今日もいつも通りのメニューだが、春になったからか、心なし食材が新鮮なような気もする。

 野菜はエルフの種から育ったもので、季節を問わずに収穫出来るのだが、それでも旬というものがあるのか、アスパラガスに似たものなど、春野菜の味は少し良いように思う。


「マリベルは……いや、聞かなくても分かるな」


 俺が見ると、マリベルが小さな食器で一生懸命に食事を口に運んでいるところだった。

 末の娘は俺が見ているのに気がついて言った。


「おいしいよ?」

「そうか。いっぱい食べていいからな」

「うん!」


 炎の精霊であるマリベルにとって、通常の食事はいわば「ごっこ遊び」のようなものなのだが、それでもおいしいと言って喜んでくれるなら、それを止める必要はない。

 俺は自分の顔が緩むのを自覚した。


 食事が進むにつれて、自然と会話が弾んでいく。

 今朝の水汲みの話や、畑の作物の生育状況、工房での作業の予定など。テラスでの食事は、こうして家族の会話が自然と増える。クルルやルーシー、ハヤテも時折鳴き声を上げて会話に加わっているようだ。


 食事を済ませた頃、いち早く食べ終わったらしいルーシーが俺の袖を軽く引っ張った。


「どうした?」


 尻尾を左右に振る仕草から、遊びたがっているのは明らかだ。クルルも期待に満ちた目で見ている。

 普段は夕方まで待ってくれているのだが、今日に限っては今遊びたいらしい。


「まあ、少しならいいか」


 最近はディアナ達に任せていて、俺はほとんど遊んであげていなかったからな。

 たまには娘の我が儘を聞いてやっても罰は当たるまい。

 俺たちは片付けを手早く済ませ、テラス前の庭で娘たちと遊ぶことにした。

 といってもそれほど激しい運動はできない。食後すぐだし、この後も作業が待っている。


 だが、そんなつもりはすぐに崩壊した。フライングディスクや木製の小さなボールが全力の投擲で飛んでいき、それを娘達が全力で追いかけ、合間にはかけっこだ。


 そんなことを少しの間繰り返し、午後の仕事の前に休憩を挟まなければと、俺が地面に腰を下ろすと、ルーシーが膝に乗ってきた。

 クルルは横たわって、頭を俺の肩に寄せてくる。ハヤテは逆の肩にとまり、マリベルは頭の上で休み始め、その様子を他の家族たちが近くで伸びをしたりしながら、微笑ましく見守っている。

 春の陽だまりの中での、穏やかなひとときだ。娘たちの温もりを感じながら、俺は空を見上げた。ぽっかりと穴が空いたように見える青空に浮かぶ雲が、ゆっくりと形を変えている。


「さて」


 少しして俺は立ち上がった。午後の作業が待っている。カリオピウムのインクの続きだ。


「それじゃあ、作業に戻るとするか」


 娘たちも俺の意図を理解したようで、クルルは小屋の方へ、ルーシーは日向ぼっこの場所へと移動を始めた。他の家族たちも、それぞれの持ち場へと向かっていく。

 工房に向かう俺の背中に、春の柔らかな日差しが注いでいた。

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