「さてさて、どうすればいいかね」
残念ながら俺には「見えなくなるインク」を作成した経験はない。前の世界でも、この世界でもだ。
まあ、没食子インクであってもそうそう自作するものではない。市販のものが充実していた前の世界ではなおさらだ。
前の世界でよく動画を見ていたヘアピンを沢山つけたVtuberさんなら、余裕で作りそうな気はするが。
さておき、そうでない身にとってはどうすれば良いかなど皆目見当もつかないわけで、思いついたことはなんでも試すしかない。
まず手始めに試したのは火で炙ることだ。〝炙り出し〟の逆で、加熱により消える可能性を確認したかった。
どういう原理かは知らないが、前の世界ではゴムの摩擦熱でインクが消えるボールペンもあったことだし。
だが、火床の火で炙っても文字は変わらなかった。薄くも濃くもならずに、そのままでそこにある。ただ羊皮紙が乾いただけだ。
「うーん、一山越えたら簡単かと思ったんだが」
希望的観測というやつではあるが、そもそもカリオピウムはこのインクの状態にするのが難しいので、そこを超えれば案外すんなり進められるかもと思っていた。
そうは問屋が卸してくれなかったようなので、地道に頑張るしかないな。
「次は……これをやってみるか」
次に俺は羊皮紙を水で濡らしてみた。さっきの逆だ。インクは水性なので、水が条件で消えるかはやや疑問だが、乾燥してからであればまた違うかも知れない。
しかし、ここはやはり想像通りに変わらなかった。むしろインクが少し滲んだように見えるくらいである。
思ったよりは滲んでいないので、乾燥すると僅かにでも定着する性質があるのかもな。
「他には……ああ、手伝って貰うか」
俺は家族の作業をえっちらおっちらと手伝っていたマリベルを呼んだ。
「なあに?」
「ちょっと手伝って貰いたくてな。これが燃えない程度に炙れるか?」
俺が言うと、マリベルはジッと羊皮紙を見て言った。
「お安いご用だよ」
「お、じゃあ頼んだ」
「まかせて!」
言うが早いか、マリベルは気合いを入れて、身体から赤い炎を噴き出した。俺はそこに羊皮紙をかざす。
マリベルの炎は純粋な魔力による炎である。普通の火とは違った結果が得られるかも知れない。
だが、その期待に反し、特にインクには変化が起きなかった。羊皮紙がまた乾いただけである。
「どう?」
「うーん、ダメだったけど、それが分かるのが大事だから。ありがとうな」
ダメだったと聞いてしょげそうだったマリベルだが、俺が頭を撫でてやると、満面の笑みに戻った。
「それじゃ、みんなのところへ行っておいで」
「わかった!」
素直に頷き、皆のところへふよふよと浮かびながらマリベルは向かって行く。
「うーん、こうなるとあとは何をしたら良いか、思いつかないな……」
俺は腕を組み、首を捻る。ふと窓の外を見れば、爽やかな青空で、陽光が燦々と地面を照らしている。
「ああ、そうか」
この世界にも紫外線というものがあるかは分からないが、ともかく陽光に晒してみるというのは意味がありそうだ。
俺は文字の書かれた羊皮紙を手に、鍛冶場の外に出るのだった。