昼飯は朝と同じく樹鹿の肉を煮込んだスープだが、温めるときに香草を加えた。リディが育てたものだ。
暖まったスープから蒸気と共に良い香りがたちのぼってくる。
どことなく、ほっとさせるようなその香りに、今日の昼飯はいつもより少しだけ気分転換になってくれそうだぞ、と俺は思った。
「今日はどうだったの?」
皿に盛られた料理から立ち上る湯気を見ながら、ディアナが尋ねてきた。
「まあまあかな。今は放置してるだけだが」
「放っといて何かわかるもんなのか?」
ヘレンが興味深そうに首を傾げる。
「まあね」
俺は既に伝えてあったリケ以外の皆に朝の出来事を話した。今朝羊皮紙を見てみると、昨日書いた文字が消えていたこと、今はそれが再現しないか試しているということの2つだ。
「一歩前進ですね!」
リディが目を輝かせる。が、俺は首を傾げながら答えた。
「うん。でも、どうして消えたのかが分からなくてなあ。今、試してみてはいるんだが、変化が全くなくて、これで本当に分かるのか不安だよ」
俺が苦笑しながらそう言うと、リディも眉根を寄せて微笑んだ。
俺は昼飯を頬張りながら考える。 昨日と今日で、何が違うんだろう。羊皮紙を窓際に置いたのは同じ。天気も変わらない。気温も……。
「うん?」
ふと、窓の外を見た。昨日の夕方、片付けた時にはもう日がほとんど落ちていたな。
朝見たときには窓から差し込む光は、当然ながら朝日だった。今は昼。これも当たり前だが、頭上から日が差している。
「もしかして……」
「なんだ? また何か思いついたのか?」
サーミャが鋭い動物の勘で察したように耳を動かす。
「ちょっと思いついたことがある。夜まで待ってみないと分からないけどな」
俺はそう言って似合わないウインクをしてみたが、返ってきたのはうへえと舌を出したサーミャの顔と、皆の笑い声だった。
昼飯を終えて工房に戻った俺は、新たに羊皮紙を用意した。インクは底に沈殿していたので、丁寧にかき混ぜる。
そろそろ、羊皮紙も仕入れておかないといけないかな。パピルスみたいなものとか、もっと短い繊維で製紙をしてみるのも良いかも知れないが、ここは追々考えよう。
「一応、先に確認しておくか」
朝から置いていた三枚の羊皮紙を確認する。ある程度は想像していたとおり、窓際のも離れた場所のも、そして箱の中のも、どれも変化はない。文字は依然としてそこに残ったままだ。
「うん、まあこれはいいとして……」
俺は新しい羊皮紙にインクで文字を書き、それを窓際に紐を張ってそこに吊るした。
「あとは、日が沈むまで待つだけだな」
そう言って、俺は普段の仕事に戻った。特に注文が入っているわけでもないので、今日はナイフをいくらか作っておくことにする。
ただ、時折窓の外を見に行っては、太陽の位置を確認する。庭で遊ぶ娘たちの影が少しずつ長くなっていくのを眺めながら、傾いていく太陽を追う。工房の中に差し込む光も、徐々に色を変えていく。
俺は昨日からの出来事を頭の中で整理していた。文字が消えたのは朝方に気づいた。夕方には確かにあった文字が、いつの間にか消えていた。そして今、また同じ条件を作ってみている。
もしかすると、これは面白いものが見つかるかもしれない。
そんな予感を胸に、俺は夕暮れが近づくのを待った。