太陽があたりをオレンジに染め、昼なお暗い〝黒の森〟が更に暗くなっていく。
いつもならサッサと鍛冶場を片付けて、夕食の準備をするところだが、今日は少しだけそれを遅らせてもらった。
まあ、普段も女性陣はこの時間、温泉に行っていたりするので、さほど影響はないのだが。
俺もそこまで長風呂というわけでもないし。
そんなわけで、夕日に照らされたり、照らされていなかったりする羊皮紙を観察する。
いずれの様子も変わったところはなかった。文字が書かれているものも、消えているものもそのままだ。
つまり、昼から夕方の太陽光は関係なさそうなことが分かったわけだ。朝日がキーになっている可能性はまだあるが、ここまで陽光が無関係となると、それもあまり期待できそうにない。
「ふむ。まあ、これは予想通りだな」
俺はそう一人ごちてから、風呂と夕食の準備をするために鍛冶場を後にした。
「お、こんな時間か」
テキパキとアレコレを済ませ、準備が終わった頃には日はすっかり落ちていた。
月はまだ出ていないが、今ならまだ間に合うな。皆にテラスに食事を出して貰うよう頼んでから、俺は再び鍛冶場に向かった。
魔法の灯りに照らされ、鍛冶場の道具が光の中に浮かび上がる。
昼間はうるさいぐらいなのだが、シンと静まりかえっていて、いつもの場所でないかのようにも感じる。
いや、鍛冶場の道具達も今はスヤスヤと眠り、一日の疲れを癒やしているのかも知れないな。
そう思い、俺は羊皮紙(と箱)を回収し、腹を空かせた家族の元に向かった。
『いただきます』
皆で手を合わせて食事の挨拶である。ここに来てからの期間が一番短いのはマリベルだが、彼女もすっかりこの日本式の挨拶が板についてきたなぁ。
我が家の末娘という感じで、嬉しさを感じる。
そんな気持ちを一旦胸の奥にしまって、俺は夕食を頬張った。
「おっと、いかんいかん」
食事と会話、日々の営みではあるが楽しいそれにかまけていると、時間が経つのを忘れてしまう。
俺は慌てて持ってきた羊皮紙を手にした。
「どう?」
そう尋ねてきたのはディアナである。いかにも興味津々、という感じなので、彼女もこういう色々試したりするのは好きなのかもなあ。
俺は羊皮紙をためつすがめつしながら答える。
「うーん、どうかな。まだちょっと分からないな」
そう言ってから、俺は天を仰いだ。変化が分からなかった落胆からではなく、月が出ているかどうかを見ているのだ。
それは勿論、サテライトキャノンが発射可能か確かめているわけでもない。
月光の影響があるかどうかである。
夕方には変化がなく、翌朝には変化があり、昨日は一日中晴天だった。
と、なれば月光が俺の知っている化学変化以外に、何らかの作用を及ぼしている可能性は非常に高い。
そんなわけで月光の下に羊皮紙を持ち出したのだ。
だが、意に反して羊皮紙に変化はないように見える。
「これでもないのかな……」
俺がボソリと言うと、リディが口を開きかけた。その時である。
「いや、違う! やっぱりこれだ!」
俺は思わず立ち上がった。俺の手にした羊皮紙、そのうちインクで文字を書いた方だが、その文字が徐々に薄れ始めているのだ。
「ほら! 見てくれ!」
俺は家族みんなにそれを見せた。こうしている間にもドンドンと文字は薄れていっている。
「おお~~」
という声が家族全員から上がる。俺の興奮を見てとってか、クルルやルーシー、普段は大人しいハヤテまでもが声を上げていた。
「ようし、これで……」
しかし、俺はそこで気がついた。文字の消し方は月光で間違いない。その逆、つまり、文字が消えた方の羊皮紙を見てみる。
そこには、何も浮かび上がってはいなかった。