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返事

 僅かに雲がかかり、いつもより少し暗さを増した〝黒の森〟で俺はカミロからの手紙を広げた。


『お前のところの製品について、普通のやつにせよ、高級なやつにせよ、苦情が来たことは一度もない。むしろ、長持ちすると好評なくらいだ。本当に劣化しているのか? エルフの宝剣については任せろ。なるべく早く調べておく。伯爵閣下にも俺のほうから連絡を入れておこう。追伸。対策をするということなら、次の納品の時に話を聞くから、返事は不要』


 カミロの返事はだいたいこんな感じだった。いつもの通りの簡潔さがあいつらしい。

 リケが返事を読んで言う。


「製品としては問題ないみたいですね」

「やはり、魔力が抜けても分からない程度にしか影響がないのか」

「元が良いことには変わりないですからね」


 うんうんと頷きながらリケが続けた。

 つまるところ、一般モデルなら出来の良い魔力が篭もっていない製品を、魔力でブーストしているようなものだったということか。

 そもそも文句が来るような出来ではないところ、更に性能(この場合は耐久力とちょっとの切れ味)を上げている、ということは、今のままでも特に文句が出ることは無さそうだ。


 まあ、それと「そういうことが分かっているのに、特に対応しない」のはまた話が別なのだが。


「商売だけを考えるなら、『更に長寿命になった新製品』と売り文句をつけても良いんだけどな」


 対策した製品を持っていったら、俺が言わなくてもカミロがそういう売り文句で売るかも知れない。

 なにせ一度行き渡ったところにももう一度売るチャンスだし、何よりこの売り文句は事実なのだ。


「でも、エイゾウからそういうことをするつもりはないんでしょ」

「まあね」


 小さくため息をついて言ったディアナに、俺は頷いた。

 がめついだのと批難するつもりもないが、「常にその範囲の中でいちばん良いもの」を出したいだけの俺としては、惹句的な売り文句はあまりつけたくない。


「ま、売るところはカミロに任せることにしよう。俺たちとしては『大きな不具合は出ていないようなので既に出たものは基本気にしない』『もちろん苦情があれば対応する』『継続して改良の模索もする』が今後の基本方針だ」


 俺が言うと、家族全員が顔を見合わせて頷く。


「よし、それじゃあ午後の作業だ。ひとまず、いつもの製品も作りつつ、試作品の様子も記録して、思い付いた内容があればそれを試す」

「さっき言ってたこととは打って変わって、今度は随分欲張りねえ」


 呆れたようにアンネが言った。俺はニヤリと笑って返す。


「俺はただの鍛冶師だからな。作るものには欲張りになるんだよ」


 俺の言葉に〝黒の森〟に笑い声が響く。さて、鍛冶場に戻って、これからの「エイゾウ工房」の製品も作っていかないとな。

 そんな決意を知ってか知らずか、さっきまでかかっていた厚めの雲はどこかへと姿を消し、再び〝黒の森〟には明るさが戻ってくるのだった。


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