そろそろ納品に行かねばと思うくらいの頃、カミロのところからアラシがやってきた。娘を含む家族全員でそれを出迎え、手紙を受け取ると、アラシは「キュイッ」と甲高く鳴いて、すぐに帰っていった。
返事はいらないと言われているか、あるならハヤテが届けるだろうということか。
「エルフの宝剣の件かな。納品の時でもよかったのに。取りあえず見てみよう」
俺が丸まった羊皮紙を広げると、カミロのやや乱暴な文字が目に飛び込んできた。
『エルフの宝剣は無事だそうだ。エルフ曰く「ミスリルは魔力の器として特別な性質を持つ」とのこと。詳しいことは俺には分からんが、参考になるか?』
要約すると、内容はこういうことである。
「ミスリルは特別……か」
俺が呟くと、リディが頷く。
「だからエルフの里でも重宝されていましたからね」
「でも、ミスリルを使うのはなぁ。普通の鋼での対策が必要だ」
俺は腕を組む。カミロに頼めば、時間がかかってもどこからか手に入れてくれるとは思うが、「数打ち」のナイフに少量でもミスリルをおごるのはいかがなものだろうな。
それはそれで価値はあるが、普通の人に手が出せる価格にはならなそうである。
とりあえず、試作品の経過観察を地道にやるか、と思っていたところ、意外な場所からヒントが訪れた。
それは料理に使う肉を切るのをヘレンに手伝ってもらっているときに、サーミャが何気なく言った一言だった。
「あれ? ヘレンのナイフ、なんか様子が違わないか?」
それを聞いたリケがすぐにそのナイフを確認する。
「本当だ! 柄の部分はあまり変わりが無いのに、刃のあたりだけ魔力の様子が変わってますよ!!」
「んん? 何が起きてるんだ?」
興奮気味に言ったリケを見て、俺も不思議に思って観察すると、確かに刃の部分の魔力が少し流れるような動きを見せていた。
「ここに来るまでに何かしたか?」
「いや? いつもの通りだったけど」
ヘレンに聞いてみると、彼女には心当たりは無いようである。特別なことをしなかったと言うことは、他に何か要素が……。
いや、逆か。いつもの行動の中に何かがあるんだ。確か昼飯から鍛冶場では変わりなかったような気がする。
と、するとその後にしたことがきっかけの可能性がある。その後から夕食までにすることと言えば……。
「温泉に持っていったか?」
「ああ、いつものように持ってったよ」
俺が聞くと、ヘレンは何も悪いことをしていないという表情で答えた。彼女は護身用にナイフを常に携帯している。
だが、それならば同じように魔力が減ったりはしなかったはずである。
ヘレンが何か意識せずに、いつもとそう変わらないと思ってやったこと。
俺は一つだけ思い付いて、ヘレンに尋ねてみる。
「なあ、温泉に持ち込まなかったか?」
「え? うーん? あ、そういえば今日はサーミャがどうも森が騒がしい気がするつってたから、脱衣所には置かずに持ち込んだんだった。もちろん、アタイだけね」
春も過ぎてきて、だいぶ森の動物が活発になっているらしい。その中には魔物化している獣もいるかも知れないな。ちょっとパトロールの必要があるかもだ。
さておき、そうしたことが影響する可能性はあるが、温泉で影響するとなると……。
「もしかして…」
リディが何かに気づいたような表情になる。
「魔力を含んだ湯気が影響したのでは?温泉には濃い魔力が含まれていますから」
「魔力が…補充された?」
俺は目を見開いた。これこそ探していた糸口かもしれない。試してみる価値はありそうだ。
俺がそう言うと、ヘレンのナイフに目を向け、家族は頷くのだった。