合間に納品もはさみつつ、工房では通常の製品作りと並行して、改良型の観察が続いていた。朝の水汲みと同様、リケとリディによる「魔力観察」の時間はこのところの日課となっている。
「観察記録をまとめてみました」
朝食後、リケがノートを広げた。彼女は几帳面に各試作品の魔力状態を記録し続けていた。
具体的な数値で記録できるものではないが、おおまかな魔力の量が表になってまとめられている。
「これを見ると、やはり改良型は魔力の減少が遅いですね」
俺たちは表を覗き込む。それによれば通常のナイフは緩やかに魔力の量を減じているのに対し、葉脈型と渦巻き状の集中点を持つ改良型はほぼ減っていないようだ。
「どのくらいの差があるんだ?」
「現時点での観察では、改良型は通常のものと比べて魔力の減少速度が約三分の一程度です」
俺がたずねると、リディが答えた。彼女もリケと一緒に観察を行っていた。夕食後に摺合せしている姿をよく見かけたものである。
「三分の一か。悪くないな」
俺は頷いた。完全に止められたわけではないが、大幅に改善されている。
「通常の使用なら、実用上はほとんど影響がないと思います。手入れは必要でしょうが、通常よりも頻度はかなり抑えられるかと」
「普通の使用条件なら、改良型の魔力がほぼなくなるまでに数年はかかるんじゃないでしょうか」
リケの報告をリディが引き取った。
「そろそろカミロのとこに新製品として納品してもいいんじゃないか」
横で俺たちが顔を突き合わせてあれこれ言っている様子を見ていたサーミャが提案した。彼女は葉脈型の溝を型を当てて作る作業にもすぐに慣れてきており、あの様子であれば、多少工程を変更しても生産ペースが不安定になるということはなさそうだ。
「そうだなあ。まずは少量から始めるか」
こうして、俺は次の納品に向けて準備を始めることにした。
通常の製品作りは依然として続けつつ、改良型も製品版として続けていくのである。
「うーん、量産していくとなると、もう少し簡略化できたほうがいいかな」
鍜治場の準備を済ませ、いくつか改良型を作った後で俺は言った。型を使った葉脈模様と集中点の彫り込みは効率化できたが、それでも現行品より時間がかかっていることは間違いない。
純粋に工程が増えているのだから、簡略化して時間を減らすにしても限度はあるが、ギリギリのところは狙いたい。
俺はそこについてリケにも相談してみる。彼女もそこが少し気になっていたようで、俺と一緒に腕を組んで考え込んだ。
「うーん、性能的には今のこれが一番いいんですが……」
「今は打刻した後の処理に時間がかかってるんだよな。となると、渦巻きの線を太くするか?」
「太くした場合は……と」
リケはこれまでの観察記録を広げた。線の太さもいくつかに分けてあったので、それぞれの結果が残っている。
太すぎるとやはり魔力が抜けるのが早いようで、概ね太さに比例するようだ。
「このくらいなら問題なさそうですけどねえ」
「よし、ちょっと試してみるか」
「はい!」
俺は新しい型を作るべく、板金を取りに立った。
一歩ずつ一歩ずつ。ゆっくりだが確実に、新しい息吹は近づいてきていた。