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街から帰って

 カミロの店を出る前、俺たちは丁稚さんに挨拶をした。彼はいつもと変わらずクルルとルーシー、ハヤテの世話をしてくれていて、特にルーシーとは仲良くなったようだ。


「ありがとうな。毎回世話になってるよ」


 俺が言うと、丁稚さんは嬉しそうに頭を下げた。


「いえいえ、こちらこそいつも楽しみにしてるんです」


 丁稚さんがそう言ったのが分かるかのようにクルルは一声鳴き、ルーシーは尻尾を振りながら丁稚さんの足元をくるくると回っている。それを見て皆が笑った。


「それじゃ、またな」

「はい!」


 荷車は進み、街の門へと向かう。道中、通りすがりの人々の中には珍しそうにクルルを見る者もいるが、大半は慣れっこになったのか、視線を寄越すこともない。

 街の入り口には来たときと同じ衛兵さんが立っていて、俺たちが近づくと手を挙げて挨拶してきた。

「お、帰りか。商売はうまくいったか?」

「ええ、おかげさまで」


 俺は軽く手を振り返す。お互いに顔見知りでもあるし、検問されることもなく、俺たちは街を後にした。


 黒の森への道を進みながら、リケが小さな声で言う。


「新しいやつ、どう受け入れられるでしょうね」


 彼女の声には期待と少しの緊張が混ざっていた。思えばリケは今回の製品にかなり深く関わっている。

 自分が関わった製品が世に出るのは、きっと感慨深いことだろう。俺も前の世界で自分の関わった案件がリリースされたときはそれなりに嬉しかったものである。

 それと同時に、かなりの緊張――重大なバグというものは大抵リリースされてから見つかるものである――をしていたことも思い出した。


 今リケはまさしくそういうことを感じているだろう。


「ま、大丈夫だろ」


 俺はつとめて明るく言ってから、リケの肩を軽く叩いた。


「俺たちは最善を尽くした。あとは使ってもらうだけだ」

「……ですね!」


 リケから帰ってきたのは満面の笑みで、俺は内心胸をなで下ろした。


 黒の森の中を進む道のりは、街に向かう時より静かだった。

 皆、少し疲れてきたのか、それとも満足感からか、どこか穏やかな雰囲気に包まれている。

 木漏れ日が森の床を斑模様に照らし、時折風が葉を揺らす音だけが聞こえてくる。


 そろそろ初夏にさしかかる森を何事もなく通り、昼過ぎには家に到着した。

 荷車から荷物を降ろして、クルルを撫でて労ってやる。ルーシーは嬉しそうに走り回り、ハヤテが呆れるようにそれを見て、マリベルはキャッキャと笑いながらあたりを飛び回る。

 すっかりいつも通りだなぁと、少し感慨深い気持ちになりながら、俺は昼食の準備に取りかかった。


 昼食の準備が整うと、皆が食卓に集まってきた。


「カミロの反応は良かったな」


 俺が言うと、皆が頷いた。小さな一歩かもしれないが、確かな進歩だ。


「そうですね。特に見た目も気に入ってくれたのが嬉しかったです」


 リケが嬉しそうに言った。彼女は葉脈型の溝のデザインを気に入っていたみたいで、ことのほかあれが受け入れられたことが嬉しいようである。


 午後もいつもどおり、めいめいで過ごすことにした。サーミャとアンネは午後に裏庭で弓の練習を始め、ヘレンとディアナは剣の稽古をしつつ娘たちの相手。

 そしてリケとリディは観察ノートを整理している。マリベルは火床で楽しそうに踊っている。


 俺も少しの間、鍛冶場で次の改良点について考えをまとめていた。次はどうしたらいいだろうと思いつつ、今回得られた色々な事にも思いを馳せていると、いつの間にか日は姿を隠そうとしている。

 俺は慌てて、夕食の準備を始めるべく、今の思考を手放した。


「明日からの作業も考えないとなぁ」


 皆が揃った夕食の席で、俺は家族たちに言った。一旦は改良型を世に送り出したが、改良の余地はまだある。特注モデルの最適化、さらなる効率化、そしていずれ手に入るだろうミスリルを使った実験。やるべきことは山積みだ。


 でも、焦ることはない。一歩一歩、確実に進んでいけばいい。俺はそう思いながら、家族たちの顔を見回す。

 皆は頷いた後、誰からともなくカップを掲げた。


「納品の成功と、これからに!」

『乾杯!』


 こうして、ささやかな、本当にささやかな宴が始まった。


 今回のものについてあれやこれやの話に花が咲いたが、宴はすぐに終わった。

 まあ、いつもの食事に少し花を添えるくらいに留めておいたからな。

 明日からは今回の製品がいつものものになる。あまり特別過ぎてもな、という俺の考えからだったが、皆もそれを分かってくれているらしい。特に不満は出なかった。


 就寝前、俺はベッドで目を閉じ今日一日を振り返る。


「明日からまた頑張るか」


 俺は小さく呟いた。睡魔がそろりと忍び寄って、俺の意識はスッと眠りの闇に落ちていった。

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