しばらくはいつもどおりの作業を続け、恙なく納品も済ませた。
その間にカミロからの新聞も来たし、カミロから直接話も聞いたが、基本的に世の中は平和であるらしい。
裏側で侯爵やエイムール伯爵であるところのマリウス、そして〝黒ベールの目〟、つまりはルイ王弟殿下たちが僅かばかり動いていたらしいことも聞きはした。
その時に俺が殿下の依頼で作ったインクも役に立っているそうだ。
王国の手伝いをすることで回り回って世間の平和に貢献できているのなら、それはそれで嬉しいことだな。特に肩入れするつもりはないが、住んでいる場所やらの関係でどうしても王国寄りの協力態勢になってしまうな。
まあ、なんだかんだ間接的に帝国にもある程度は協力しているし、そのうち北方にもそうすることになるかも知れないので、いずれあちこちを手伝うことになるのだろうか。
あまり忙しくならないと良いのだが。
下取りも順調に進んでいて、集まったものを確認したが、環境によるものなのか、ある程度のバラツキはあったが、どの製品も魔力は確かに減衰していた。
これで一応のケジメはとれている……と良いんだが。
そして今日。
「まだ今のところは湖はなんともなさそうだが、どうだ?」
もうすっかり夏になったある日、いつもの通りに娘達と朝の水汲みに来ていた。
だが、いつもと少し違うのは、今朝はリディが一緒についてきているのである。
リディは湖面をしばらくの間見てから言った。
「大丈夫そうですね」
「良かった。クルル達にもおかしいところは無いし、マリベルも……」
俺が言うと、マリベルが小首を傾げている。有り体に言っていつもどおりのマリベルだ。
「体調におかしいところはないみたいだ」
「みたいですね。本当に良かった……」
リディはそう言ってホッと胸をなで下ろした。少し前、リディが森の魔力の流れがおかしい気がすると言ってから、彼女は時折こうして色々なところの魔力の流れを確認している。
皆に心配をかけたくないからと詳しいことは言っていないそうなのだが、狩りの時も小川や木々の隙間を抜ける風に含まれる魔力を見ているらしい。
そして、今のところは「ほんの僅かおかしい感じはあるが、向こう一ヶ月は何かあるようでもない」くらいに落ち着いていて、そろそろ気にするのも止めにしようかなと考えているそうだ。
その最後の確認とも言うべきことのために、今日はリディも早起きして――と言っても俺達が水汲みから帰ってくる頃にはもうみんな起きているから、せいぜい小半時かそこらなのだが――水汲みについてきた、と言うわけである。
そして、結果としては、
「何か大きな異常を感知したら別ですが、しばらくは気にしなくても良さそうですね」
「それは何よりだ」
俺は心底からそう言った。リディに魔力や魔法のことのみならず、畑仕事やその他色々してもらっているし、何よりも家族が心労を溜めていく姿を見るのは、こちらの精神衛生にもよろしくない。
これでまた、カミロかマリウスあたりがどこかから厄介事でも持ち込んでこない限りは、いつもどおりの日々を過ごせそうだな。
そう思ってから更に少し経ったある日、それは起きた。
最初に俺が感じたのはそう強くないものである。多分、放置していても問題はなさそうだなと、そう思えるような違和感。
作業をしていたら紛れる程度のもので、ああ、これがリディの言っていた違和感だろうか、もしかしたら俺が魔力の扱いに慣れてきて、敏感になってきているのかもな。
つい最近も魔力周りであれこれとやっていたし。
リケの作ったナイフの様子なども見ながら、そんなことをぼんやり考えていた。
と、そこへ、狩りに出ていたサーミャが鍛冶場の扉を開け放った。
「どうした? まだ帰ってくる時間じゃないだろ」
今は昼を少し回ったあたりで、早いときならもう少しすれば戻ってくることもある、くらいなもので、ここまで早いのは1年と少しの期間の中では記憶にない。
サーミャは肩で息をしながら言った。
「リディが倒れて……!」
外を指差しながらの言葉を聞いて、俺は即座に鍛冶場の外へと飛び出した。