釣り糸を川に垂らしてしばし。川の流れは緩やかで、たゆたう糸は流れを楽しむかのように、川の水と一緒に流れていく。
竿も糸も、のどかな時間の流れを楽しんでいるかのようだ。
まあ、それは俺の竿だけの話で、家族皆の竿にはアタリが来ているし、サーミャは既に3匹も釣り上げている。
他の家族も数の多寡はあれ、釣れていない者は1人もいない。
マリベルやハヤテも釣り上げられる大きさに限界があるので小魚ではあるが、普通に釣り上げてディアナやリディに報告していた。
つまり、またしても俺だけがボウズなのである。こうなってくると、なにかの要因で俺だけがこの森の魚に嫌われているのでは、と思いたくなってくる。
もちろん、そんなことはないはずだ……多分。
以前にサーミャ達が言っていたのは、俺の殺気というか釣りたさ加減が伝わってしまっているということだったのだが、今はそんなこともなく、むしろ落ち着いた気分で川を眺めている。
「おっ、来たな」
大きめの声でそう言ったのはヘレンで、上手にアワセてから竿をピッと立てると、彼女に吸い込まれるように川魚が飛んでいき、ヘレンはそのままキャッチした。
ヘレンが今釣れた魚を簡易の生け簀に放り込みながら言った。
「これでサーミャと並んだかな」
「アタシも負けてらんないな」
「2人とも上手ね」
サーミャが決意を新たにし、ディアナがむむっとしつつも2人を褒める。ディアナは1匹だけ釣れている。
今のところ1匹なのはディアナとリケ、アンネにハヤテとマリベルで、意外と言ってはなんだが、リディとクルル、ルーシーは2匹釣っていた。
クルルやルーシー、ハヤテは竿がないにも関わらず、器用に糸を操って針を魚に引っかけ、岸辺まで引き上げていた。その後はディアナかヘレンの仕事にはなるが、釣れたことに変わりはない。
「そういえば、湖で漁をしているのを見たことないな」
この1年と少しの間、湖へほぼ毎朝水を汲みに行っているが、船を浮かべて網を打っている姿を見たことがない。
単純に朝方には漁に行かないので、俺が見ていないだけの可能性もあるけどな。
「迷うからな」
「ああ、なるほど」
岸辺から見ていると実感しにくいが、だだっ広い湖の真ん中に出る、ということは周囲に目印がなく、しかも地面ではなく周りは全て水という状況になるということだ。
その時に自己位置を見失えば一発で迷い、緩慢に死を迎えるしかなくなるかも知れない。
前の世界ではそんな湖でも漁が盛んだったようだが、この〝黒の森〟では違うらしい。
おそらく、ここは湖でなくても他の森の恵みが十分に得られるからだろうな。
「それより、どうなんだ?」
「え? なにが?」
俺はキョトンとしてサーミャに返した。
「釣れてないんじゃないのか? アタシが教えようか?」
ニヤニヤと笑うサーミャ。俺は苦笑しながら、
「いや、帰りまでにはなんとか釣れるだろうから良いよ」
やっとこそれだけを返して、ゆっくりと流れる糸に意識を戻した。