ゆっくりと歩みを進めていく俺の額を、じわりと汗が伝う。
「うーむ、夏近し」
雨季ももう少し先の話だが、以前までであればこのタイミングで既に汗をかくことはなかったのが、今日は既にジワジワと汗がにじみ始めている。
「夏の前に長雨ね」
ディアナがそう言って、アンネが頷く。
「私がここに来たのもそれくらいだったわね」
つまり、ちょうど今からは1年ほど前のことになる、ということだ。たった1年ではあるが、色々な事が起こりすぎて、もっと経っているように感じる。
「そうか、もうそんなになるか」
できる限り、こうやって時を重ねていけると良いのだが。
俺が少ししんみりしていると、サーミャの声が響く。
「おっ、あそこが良いんじゃないか」
「どれどれ」
俺はサーミャの近くまで駆け寄り、彼女が指差す方を見てみた。
少し離れた場所だが、僅かに開けていて、小川が流れているように見える。
「よし、あそこにしよう」
「おう」
サーミャが頷いて先行する。俺は後ろについてきている家族に向かって頷くと、彼女たちを先導するように歩き出した。
「うーん、気持ちいいわね」
「風が涼しいですね」
ディアナとリディが大きく伸びをする。川原はそこそこ広く、川もあまり流れが急ではない。
「サーミャが見つけてくれたからかな」
「流石だ」
リケとヘレンがそう言ってサーミャを褒めると、照れたサーミャは「水汲むぞー」と言ってクルルとルーシー、ハヤテにマリベルを連れていってしまった。
「あんまり川の奥へは入るなよ」
「わかってるわかってる」
そう言ってサーミャが手をヒラヒラと振り、川辺へと向かって行く。
俺たちはというと、クルルの背中にあった荷物を下ろして準備である。
準備とは言っても、ちょっとした敷物の準備と、石を組んでの小さなかまどくらいなものなので、すぐに終わる。
キャンプだとこうはいかないのだろうが、今日は日帰りのつもりだし、座って休憩し、食事ができるスペースであれば取りあえずは問題ない。
「ふむ、キャンプか」
俺は一度〝黒の森〟を抜ける探検をしたことを思い出した。あれはもし我が家が襲われ、放棄せねばならないとなったときの逃走路の確認のためだったが、そう言うのを抜きにして1泊かそこらのんびりしても良いかも知れないな。
あの時の経験も活きそうだし。
さておき、水を汲んできたサーミャ達にねぎらいの言葉をかけて、めいめい釣り竿を持って川縁に立つ。
川の一部には石が積みあげられて、生け簀のようなものができていた。釣った魚はあそこで、ということか。
俺たち人間や獣人、ドワーフにエルフに巨人族は普通に木の枝を加工した釣り竿、クルルやルーシー、ハヤテは竿無しで直接釣り糸をくわえる。
そして、末っ子のマリベルはその身体の大きさに合わせた小さな竿だ。
俺たちパパママと、クルルにルーシーはともかく、ハヤテとマリベルは物理的に釣りあげられる大きさに限度があるので、彼女たちのは雰囲気だな。
「よーし、それじゃあ始めるぞー」
あまり気合いを入れずにかけた開始の合図。それを聞いて、家族の皆は思い思いの場所に釣り糸を垂らし始めるのだった。