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なんでもない日

 ジゼルさんに魔宝石の作り置きと、湯治場としてうちの温泉を案内した翌日。

 このところずっと働きづめだったし、しばらく娘達とも遊んでやれていない。


 最近はだいぶ夏の匂いもしてきた。と、いうことは、ちょっとした長雨も近づいてきている。

 その後はうだるような、とまではいかずとも、比較的涼しい〝黒の森〟でも少しばかり出かけるのが億劫になるような暑さがやってくる。

 その前に、家族全員でお出かけをしようということである。


 我が家のお出かけと言えば、ピクニックと、そう、釣りである。

 俺の釣りの腕前は相変わらず最下位をひた走ってしまっているのだが、それでも経験を積まないことには上手くならないだろう。


 積んだところで、という話もあるかもしれないがそれはそれ、である。


 そんなわけで、朝の日課を終え、朝食を済ませたら、荷物一式をクルルに背負って貰う。


「大丈夫か?」

「クルルルルル」


 声をかけると、何でもないとでも言うかのように、クルルは一声鳴いた。


「ワン!!」


 とそれに続いてルーシーも高らかに吠え、


「しゅっぱーつ!」


 そう高らかに告げるマリベルの声で、俺たちは出発した。



 道中は先頭をサーミャとルーシーのコンビが進んで行く。

 ルーシーはすっかり大きくなって、間違っても狼の前に「子」はつけられないようになった。

 スラリとしているが、つくべきところに筋肉がついていて、ガッシリ感もある。


「ルーシーってもう既にある程度の獲物なら仕留められるんじゃないのか」


 先頭を行く2人の後を着いていきながら俺がそう言うと、ヘレンが頷いた。


「兎くらいなら余裕だと思う。今は勢子をやってくれてるけど、そもそも獲物を見つけるのはサーミャと競争みたいになってる」

「そうなのか。いや、狼だからそりゃそうか」


 虎も狼も嗅覚は鋭いはずなので、いち早く獲物を見つけられそうだ。

 そして、ルーシーは魔物であるため、そのあたりが強化されている可能性もある。


「そうですね、あり得ない話ではないと思います」


 魔力や魔法、魔物についてはリディが一番知識を持っているので聞いてみると、そんな答えが返ってきた。


「元々の動物が魔物化してしまう場合には、元の気質がより強くなる――賢いならより賢く、凶暴ならより凶暴に――ことはお伝えしたことがあったかと思いますが、それと同じで、匂いにより敏感になることは十分考えられます。あまり狼の魔物にあったことはないですが」


 リディはそこで一旦言葉を切って、先頭で空気の匂いを嗅いでいるルーシーを見やり、目を細めた。


「ルーシーちゃんの場合は、可愛らしさも強くなっているような気がします」

「違いない」


 クスリと笑うリディに、ヘレンが笑って同意し、俺も笑いながら同意の頷きを返す。


「そういえば、もっと大きくなるんだっけ」

「ええ。おそらくは」


 リディは少しだけ真剣な眼差しに戻って頷く。


「ルーシーちゃんは魔物になったことで魔力を吸収できるようになっています。もちろん、本人は意識していないでしょうが。そうなると、普通の狼の域を超えて大きくなると思いますよ」

「そろそろ小屋の拡張も視野に入れないといけないかな……」


 今現在クルル達娘は全員、ハヤテやマリベルも含めて離れの小屋で寝ている。

 当初は馬ほどの大きさのクルルと、子犬と言っていいサイズだったルーシーだけだったので、あまり大きな小屋でなくても良かったが、今後手狭になっていくことは十分考えられる。


 ハヤテやマリベルがいることも考えれば、いずれ拡張は必要だろう。

 であれば、モタモタせずに……。


「おっといかんいかん」


 俺は作業のほうに持って行かれがちな思考を戻した、今日は休日だ。しっかりと休むことを考えねば。


 俺は頭の中に浮かんだ作業計画を一旦頭の外に追いやり、走ったり戻ったりと忙しなく動くルーシーの様子を眺めながらついていった。

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