「ああ、そんなに身構えなくても大丈夫ですよ」
俺はキュッと身を縮こまらせたジゼルさんに言った。
一旦は見通しが立ったのだ、ここからは「そうであればより嬉しい」という話なので、俺の思ったとおりに行かなくても問題はない。
「これは確認なのですが、そもそも、ここのお湯に浸かれば治る、ということはないですか?」
何せ魔宝石を維持できるだけの魔力が流れているのである。
そこに身体を漬ければ、魔力が充填されて病の治療に使えるのではなかろうか、と考えるのはおかしくあるまい。
しかし、ジゼルさんは首を横に振った。
「いえ、病にかかってしまうと、一度に魔力を補充するしかないみたいなんです。詳しいことは分かっていないのですが……」
「なるほど」
命に関わることだし、この〝黒の森〟で状態はどうあれ、魔力が多めの場所は他にもあるはずだ。
と言うか、うちの周りがそうなのだから、滞在していればそれだけで治るという話でなくてはおかしいのか。
これは俺の勝手な推測になるが、例えば病が快癒するには一定以上の魔力が体内に供給された状態であることが条件なんじゃないだろうか。
例えば妖精族の体内には普段100の魔力があって、病で8ずつ失われていくとき、発症するのが40くらいまで減った場合として、回復には80にしなきゃいけない、とか。
であれば、病によって失われる量が8で、供給量も同じく8で拮抗してしまうようなら、確かに治らないし、供給量が7と少なければ延命にはなるが結局のところゼロになる。
逆に供給量が10など僅かに多い場合はほんの少しずつ治っていくはずだ。しかし、その間ずっと病に罹ったままになってしまう。
ここの湯であればそこそこの量の補充ができそうだが、例えば10や20補充される保証はないのである。
この辺のことをジゼルさんに聞いてみたが、
「そう……かも知れません。ハッキリしたことは分からなくて……」
「リュイサさんも?」
「あの方はどうでしょうか。何せ〝黒の森〟の長ですからね」
「ああ、それはそうです」
リュイサさんが俺たちに肩入れしてくれるのは、この森の最高戦力とし摂理に反するようなものを退治できるメリットがあるから、というシビアな面が否定できない。
それは〝黒の守り人〟の称号をくれたことからも明らかだ。
妖精族の皆さんも森の整備という大事な仕事を任されているらしい(具体的に何をするのかは知らないが)とはいえ、そこで積極的に「こうだよ」と教えてあげることは何らかの摂理に反してしまうのかもなあ。
とりあえず、妖精族の長であるジゼルさんでも詳しくは分からないということだ。
リディも俺の説明には頷いたが、今は口出ししてこない。リディもハッキリとしたことは言いかねるのだろう。
まあ、分かっていれば対応してるか。
そこで俺は提案のほうを切り出した。
「で、提案なんですが、時々ここのお湯に浸かりにくるのはどうでしょう?」
ジゼルさんは少し怪訝そうな顔をした。
「私の推測なんですが、もしこれが当たっているとしたら、病の治癒までは不可能でも、発症を遅らせることはできると思うんです。発症前にしてもらうのが良いかと思うので、症状が無くても来てくださって大丈夫です。いつでも入れますしね」
例えば8減るところで8供給されればそれ以上は進行しないし、7でもかなり発症を遅らせることができる。
それであれば、俺がいない間に置いてある魔宝石を1つ使う事態があっても、かなり状況はマシなはずだ。
俺が説明すると、ジゼルさんは少し考えていたようだったが、ぺこりと頭を下げて言った。
「わかりました。では、そうしますね。ありがとうございます」
「いえ、同じ森に住むよしみってやつです。お気になさらず」
俺がひらひらと手を振って言うと、ジゼルさんは小首を傾げて続ける。
「リディさん達がお綺麗なのは、温泉の効果なんですかねえ」
「どうでしょうね。それはあるかも知れませんので、皆さんも是非」
リディがそう言って笑い、俺たち3人の笑い声が温泉場に響いた。
こうして、我が家は妖精族の湯治場としても動くことになったのである。