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妖精さんをご案内

 明けて翌日。俺たちはいつもどおりの作業をしていた。

 当面の心配事は一通り対処できたし、そのどれもリソースをつぎ込めば根本解決に至るというものでもないので、追々解消していくつもりである。


 新しい工程を確立してから間もないが、さほど複雑でもないので、皆の作業も淀みない。

 工程が増えているぶん、作業速度も以前のままとはいかないが、納品に困るほどの遅延が発生することもないだろう。


 この分なら、このお出かけ日和が続いている間に、ちょっとしたピクニックもできそうだ。

 なんだかんで忙しく、最近は行けてなかったからなぁ。ディアナやアンネが遊んでくれているのもあってマリベルを含む娘たちから不満があがったことはないが、忙しくてもこういうことはなるべく実施していきたいものだ。


 そんなわけで、1日の作業を終え、夕食が終わった頃、このペースなら休日を2~3日挟んでも納品日には問題のない数が揃っているだろうから、どこかで休日を挟もうかと家族で話をしていると、


「ごめんください」


 と鈴の鳴るような声がした。晴れた日にはテラスで夕食を摂っている(家にクルルは入れないからだ)ので、声のする方を見ると、小さな妖精さんが浮かんでいた。


「ああ、ジゼルさん。こんばんは」

「こんばんは。なにかお話があるとか?」


 小首を傾げるジゼルさん。妖精のジゼルさんは妖精族の長で、つまり伝言板で話があるから来てくれと伝えていた相手だ。


「ええ。ちょっとお伝えしたいことと、お伺いしたいことがありまして。ええと、まず先にご案内しますね」


 俺が家族を見ると、皆も黙って頷いた。俺も頷き返して続ける。


「リディ、一緒に来てくれ」

「はい」


 彼女の解説が必要になる場面はあんまりないと思うが、念のためである。


「それじゃ、こちらへ」

「はい。ここはいいんですか?」

「ええ、皆夕食は済ませましたので。ジゼルさんがご所望であれば、用意しますが」

「いえいえ! 皆さんお済みなら良いんです!」

「わかりました。それでは」


 俺とジゼルさん、そしてリディは温泉の方へ向かって行った。


「そもそもは、うちの製品から魔力が抜けるということが分かったのが発端だったんですけどね。そのとき、うちの温泉に含まれる魔力で、その抜けた魔力を補えることが分かったんです」

「そうなんですか?」

「ええ」


 俺は大きく頷いた。


「お恥ずかしながら、魔力が抜けるということにも気がつきませんでしたし、温泉に高濃度の魔力が含まれていることを知っているのに、補充できることも思い付きませんでした」


 俺は頭を掻いて続ける。


「まあ、それらがあって今回のことが出来たので怪我の功名ではありました」


 そうこうしているうちに、目的の場所にはすぐに辿り着く。


「それではジゼルさん、こちらをご覧ください」


 俺はその場所を手で示した。ジゼルさんが目を凝らし、すぐにその目が驚きで見開かれる。


「これは……もしかして?」

「ええ。魔宝石です。昨日ここに置いておきました。1日経ってもそのままということは、問題なさそうですね」


 リディの方をチラリと見やると、彼女は頷いた。リディから見ても問題ないようなので、俺は内心ホッと胸をなで下ろす。


「つまり……」

「はい。ここに来れば魔宝石が使えます。昨日試した限りでは2つはここに保存できないようなので、1つきりなのが申し訳ないですが」

「いいえ、とんでもないです!!」


 ジゼルさんは首を大きく横に振った。


「皆さんが森を離れていても、しばらくは大丈夫になっただけでも我々には十分です!」


 ジゼルさんはそう言って、小さな手で俺の指を取った。


「どうお礼を申しあげていいか……」

「いえ、私たちとしても離れている間にどうするかは懸念事項でしたので……」


 コホン、とリディの咳払いが聞こえ、ジゼルさんが手を離した。


「ああ、それで閂がかかっているんですが、これは外せますかね?」

「ええと、ああ、これですね。よいしょ」


 ジゼルさんは湯に手を突っ込んで閂を操作した。多少引っかかるような動きをしているが、あんまりスムーズすぎると不意に外れたりしかねないからな。

 あまり時間をかけずに、ジゼルさんはカゴの扉を開けて、中の魔宝石にタッチする。


「大丈夫そうです!」

「良かった。それじゃ、もう一つのお話……といいますか、確認とご提案なんですが……」


 俺がそう言うと、ジゼルさんはゴクリと唾を飲み込んだ。





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