エイゾウ工房に新しい女神像が簡易の神棚に増え、一緒に祀る――と言ってもちゃんとした儀礼に則ったものではないが――ようになって少し。
〝黒の森〟にも四季のようなものはあり、ほとんどが魔力の影響から常緑樹になってしまっている木々が、この時期はその緑を濃くする。
その分ほんの僅かに暗さを増すのだが、それは日射しの強さに打ち消され、濃くなった緑がその強い日射しを反射して、むしろ森の中は幾分明るくなっているように感じる。
気温は朝から高く、起きた時に汗が滲んでいることも増えた。
本格的な夏の到来である。
「ここが涼しくて助かるな」
朝の日課である湖への水汲み。ここの水温は比較的安定していて、足をつければ身体の熱が溶けるように消えていく。
見ればクルルとルーシー、ハヤテも水に浸かって、その冷たさを堪能している。
「マリベルは……平気そうだな」
「まあねー」
マリベルはそう言って得意げに胸を張った。この子は炎の精霊だからな。暑さも熱さも問題ないらしい。
また暑くなるのは覚悟の上で、冷たさを十分に味わった俺たちはちゃんと水汲みの仕事もして家に戻った。
「すっかり夏だなぁ」
「そうですね」
俺が気温に比して低い太陽の位置を見ながら言うと、リケが頷いた。
家の中でも外でも、あまり暑さはさほど変わらない。前の世界の、そこそこ隙間風を感じていた俺の家ほども気密がないからな。
日射しを完全に避けられるのが室内最大のメリットだが、そのかわりに風が通りにくいというデメリットもある。
なので、基本的に食事はテラスでとることになる。今朝もテラスで多少日射しを避けつつ、風による多少の涼を得ていた。
「暑さにも慣れてきたわね」
そう言ったのはアンネだ。極端に朝が弱い彼女だが、暑い日であれば調子が出るまでの時間が短いそうである。
彼女は巨人族の混血で身体が大きいので、血圧が低いとかだろうな。それを測定するための器具は今この世界にはないが。
「普段から暑いところで作業してるしね」
「だな」
ディアナが言って、ヘレンが引き取った。言うまでもなく、鍛冶場は季節に関係なく相当暑い。夏場でも外に出た方が涼しく感じるくらいだ。
「暑すぎると獲物がなぁ」
そう言ってサーミャは口を尖らせた。
なんでも気温が上がりすぎると、それはそれで森の動物達の動きが鈍くなるらしく、狩りやすいところでそうしてくれれば儲けものだが、当然ながら実際には身を潜めてしまって空振りになることも多かった、そうである。
なぜ過去形かと言えば、
「今はルーシーがいますからね」
「ワン!」
リディが撫でながらの言葉に、ルーシーがエヘンとばかりに一声吠えた。
ルーシーが鼻で探ってくれるので、よほど雪深い日でもなければ、空振りになることはないそうだ。
リディの体調も特に差し迫るような事態になることはなく、日々を平穏に過ごしている。
カミロも何かあれば駆け込める(と言っても救急センターのようにいつでもというわけではないらしいが)医者のアテをつけてくれたので、ひとまず我が家においては「いつも」をのんびりと、暑さに文句をつけながら過ごせていた。
このまま過ごして夏を越せればいいな、などと家族の皆とも話していたのだが。
その日、いつもとは森の様子が違っていた。