俺たちは、封印の文様が静けさを取り戻したことを確認し、ひとまず安堵の息をついた。
ただし、油断はしない。洞窟を出るまでは、何かが残っている可能性もあるし、あのワームを恐れて引っ込んでいたのが出てくる可能性だってある。
「帰りは来た道を戻るだけ、ならいいんだが、そうじゃないかも知れないからな。足元と周囲、気を付けていこう」
「はい」
リディも頷き、全員が警戒態勢を維持したまま歩き出す。
マリベルは小さめの光を放ち、サーミャとディアナが左右を警戒。ヘレンは少しだけ前を行き、アンネは時折振り返って後方を確認していた。
ルーシーとクルル、ハヤテは耳や首を動かしながら、わずかな気配も見逃さないようにしている。
道中、何度か人工的な壁の跡や、ワームが通ったと思しき削れた岩肌を目にしたが、どれも既に魔力の気配は薄れていた。
戦った直後だからこそわかるが、この空間の異様さは確実に減じている。
「いやぁ……やっと空気が軽くなってきた気がするな」
「同感。なんか息がしやすい」
そう言ってヘレンとサーミャが笑い合っている。まだ緊張を残しつつだが、口元に自然と笑みが浮かぶのは悪くない。
俺も口を開く。
「この感じなら、外に出たら飯がうまそうだな」
「親方、今日は呑んでも良いですよね!」
とリケが冗談(だろう、多分)で返してきた。俺は笑って続ける。
「もちろんだ」
そんなやり取りを交わしながら、慎重に進み続ける。やがて、洞窟内に差し込むわずかな陽光が見えてきた。
なんだか随分と長いこといたような気がするが、実際はそうでもなかったようで、その色はまだ明るさを保っていた。
最後の曲がり角を抜け、外の空気を胸いっぱいに吸い込む。どこか湿り気の強かった洞窟の空気とは違い、森の匂いが鼻を抜けていった。
「……外だわ」
ディアナが小さく呟く。その瞬間、
「よくぞ、無事で戻ったな」
涼やかで澄んだ声が、森の奥から響いた。
俺たちがそちらを向くと、緑の木々の間から姿を現したのは、長い髪に木漏れ日を纏うような女性――樹木精霊のリュイサさんだった。
最初の一言は、森の主らしい荘重さを帯びていた。
だが、次の瞬間、彼女の視線がジゼルさんを捉える。
「あら、またそんな顔して。カッコつけるのは似合いませんよ」
ジゼルさんが口元を押さえて笑うと、リュイサさんは肩をすくめて表情を崩した。
「……まぁいいわ。どうも、みんなお疲れさま」
リュイサさんはすっかり近所のお姉さんのような声色になり、手をひらひらと振ってくる。
リュイサさんは続けて俺にも視線を向けてくる。
「エイゾウくん、相変わらず〝最強戦力〟らしい働きっぷりだったみたいね」
「まぁ、結果的には」
軽口を叩きながらも、俺は心の中で、この〝森の主〟が本当に俺たちを信頼してくれているのだと実感していた。
ただ、その言葉の裏に含まれる「状況はまだ完全に終わっていない」という空気も、感じ取っていた。
リュイサさんはふっと薄い笑みを浮かべると、少し真剣な表情で言った。
「それじゃ、詳しい話は、場所を変えてからにしましょうか」
その一言に、俺たちは自然と背筋を伸ばす。
森の奥で何が待っているのか、そのときはまだ分からなかった。