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6、自称、贈り物好きのおじさんの謎

 ●月△日。

 贈り物好きのおじさんが指輪を贈ってきた。

 指輪には、王太子殿下のお名前と誕生日が刻まれてる。

 売っていいのだろうか?


 ――ロザリー・サマーワルスの日記より。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆ 


 プレドュスの薬の開発を応援しつつ、私は金策に勤しむことにした。

 詩作に吟遊詩人の真似事、ベビーシッター、酒場の皿洗い、王都や城の歴史を案内する観光ガイド役、非公式の身辺警護――ちょっとした日銭仕事は、探せばある。

 けれど、やっぱり一番お金になるのは、本業だ。


「では、本日もお仕事をがんばってまいります」

「お姉様、いってらっしゃい」


 朝、サマーワルス男爵家を出ようとしたとき、家のおんぼろな門をくぐり、どこかの家からの使いの人がやってきた。

 使用人の身分ながらサマーワルス男爵家の一同よりも立派な身なりをした使いは、恭しく贈り物を置いて行った。

 贈り物を受け取ったお母様は、贈り物の箱と手紙を渡してくれた。私宛てらしい。


「私の可愛いロザリー。なにやら届け物が来たわ。しかも、贈り主の名を言えないと言って押し付けてきたの」

「……?」


 届け物の包みを開けてみると、なんと紫色の宝石が煌めく指輪があった。


 ――た、高そう。


 目を輝かせて品定めしていると、指輪の裏に文字が刻まれている。


『アーヴェルト・ランダ・ウィンズストン。女神の権能を授かりその名を名乗ることを許されし正統なる王位継承者』


 ――ふぇっ?

 アーヴェルト・ランダ・ウィンズストン?

 正統なる王位継承者……。


「これ……王太子殿下のお名前と誕生日が刻まれてる……?」


 さすがにぎょっとして指輪を包みに戻し、困惑する。


 盗品? 持っているだけで危険なんじゃ……? 

 私が盗んだ犯人だと思われたりしない?

 で、でも、売るわけにもいかないような。どうしたらいいの、これ?


 そうだ、手紙もあるんだっけ。

 手紙を開いてみると、美しい文字が整然と並んでいた。

 も、文字から高貴なオーラが出ている気がする。あと、いい匂いもする。


====


王国の未来を担う騎士であるロザリー・サマーワルス男爵令嬢へ


あなたがまた手柄を立てたと聞き、私はわくわくしています。

つきましては、どうか贈り物好きの私に、あなたに再び指輪を贈るという喜びをください。


贈り物好きのおじさんより


==== 


「おじさんですって?」


 文面からすると、ジャントレット公爵家のパーティで指輪をくれた貴公子からの手紙に思える。

 彼はおじさんと呼ばれる年齢には見えなかったけれど。


「ところで……これ、売っていいの……?」


 高価なものをくれるのはありがたいが、贈り物好きのおじさんは本当に「贈って気持ちいい」しか考えていない気がしてならない。

 王太子の名前や誕生日付きの指輪なんて、もらった相手が困惑するとか考えないんだろうか。


 指輪を持て余しつつ、私は出勤した。

 騎士の仕事は責任あるお仕事だし、休むとお給金が減ってしまうので。


 そう――私の本業は、新米とはいえ、名誉ある王国騎士だ。


 王国騎士というのは、国王陛下や王室に忠誠を誓い、騎士道を重んじ王都の平和や国民の生活を守るために剣や盾を振るう、立派な職業である。


 騎士になるための試験は、礼儀作法や人格が善良かどうかを測る口頭での面接、一般教養の筆記問題、体力テスト、それに剣を使っての実技チェックがあった。


 合格者たちは入隊のセレモニーの後しばらくは若葉騎士隊と呼ばれるチームに入れられる。

 そして、そのチームにいる間は、基礎的な体力トレーニングや騎士としての望ましい振る舞い、仕事をこれからする上で必要な知識などの修練に励むことになる。


 この時点でも給料は結構いいが、『脱若葉』の身になって本格的な所属先に割り振られると、当然ながら給料はより高くなる。


 所属先の例としては、超エリートコースが『王族の専属護衛騎士』――まあ、これは新米には縁がないと思っていい。 

 王族の身辺をつきっきりで警護するような騎士は当たり前だが、信用できる人物でないといけない。

 能力が高いのはもちろんとして、高貴な上流貴族出身であり、王族と幼い頃から縁があったりするような騎士でなければならない。


 それ以外でのエリートコースとしては、王室直属騎士団だ。国王の命令を直接受ける国王騎士団や、王女や王子、王兄、王甥といった、各王族の所有する王族騎士団である。精鋭揃いだが、人数は少なめ。つまり、とっても狭き門。

 これらエリートコースに所属することは、子孫が「我が家のご先祖様はすごいんだぞ」と誇れるくらいの栄誉である。


 そんな王国騎士が誰もが憧れる「なかなか叶えられない」ドリームはさておき、現実的なラインとして新米騎士が目指すのは、騎士のトップである王国騎士団長が指示を下す『王国騎士団』に配属される未来だ。


 騎士団の下っ端からスタートし、働きぶりや能力人柄などを評価してもらって、小隊長、中隊長とキャリアを上げていく。

 これが一番堅実なキャリア形成なので、私はこの道を自分の進む道として考えている。


 ちなみに、王城内には騎士団寮もある。

 田舎から出てきた騎士などは、寮住まいをしていたりもする。


 同時期に試験を受け入隊した新米の騎士たちは、最初のうちはお互いに初対面であることが多い。

 そんな中でも、やっぱり寮住まいをしている騎士同士は、一日経つごとにどんどんと打ち解け、絆を深めている。

 貴族の家出身の騎士と農村や商家や職人の家出身の騎士といった出自ごとにもグループが形成されやすい。

  言わずもがな、性別でも親密度はどうしても変わってくる。


 貴族の家出身の女性騎士は数が少ない。

 貴族階級の令嬢は、その尊き血筋を紡ぐために、早めに他の貴族の家にとつぐことが多い。

 もし就労する場合は、例えば王室の王女様や教会所属の聖女様といった高貴な女性の近辺に侍り、お世話をする侍女になることが多い。


 そんな貴族社会と騎士社会なので、男爵令嬢で自宅からせっせと通う新米騎士である私は、なかなか珍しい存在であるようだ。


 しかも、貴族の娘のくせに「お金が欲しいです」という欲を隠すことなく、あれこれと副業したりしているものだから、正直――騎士というより珍獣みたいな目で見られている。


 それでは、珍獣、出勤します。



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