王城は壮麗な石造り建築だ。
城下町からその外観を見上げると、朝陽に照らされて白く輝く壁面と、空高くそびえる尖塔が目に飛び込んでくる。
城下町を抜けて広場を進み、王城の重厚な門を通ると、石畳の道が続いている。
門番の厳しい視線を背に受けつつ進むと、手入れの行き届いた庭園や立派な建造物が次々と現れる。このあたりまで来ると、うっかり偉い人に遭遇したりするので、気が抜けない。無礼を働いたら家門が終わる。
しばらく歩くと、訓練の掛け声が聞こえてきた。
そこは新米騎士の稽古場だ。
広々とした訓練場には、若葉騎士たちが剣を振り、走り込み、模擬戦に励む姿があった。まだ始業時間前なのだが、主に寮住まいで熱意溢れる騎士たちが「えいやー!」「夢を掴むのは俺だー!」「いいや、俺だって負けないぞー!」と自主練を張り切っているのである。
「おはようございまーす」
訓練場の一角に向かって歩き出すと、私に気付いた騎士たちが挨拶してくれた。
光る汗が爽やかだ。
こっちはまだ汗をかいていない、と思うと、ちょっと焦る。
私もがんばろう。ストレッチをして、走り込みをして、素振りだ。身体を鍛えることでお給金がもらえるのだから、騎士っていい仕事だと思う。
有事の際にはその鍛えた体を酷使して、場合によっては命を落とすような仕事でもあるのだけど。
「いーち、にい、騎士道。さーん、よん、騎士道」
燦々と降り注ぐ太陽の光が、鍛錬場の砂地に影を落としている。
朝露に濡れていた地面はすでに乾ききり、熱気を帯びていた。
木剣を握る手に汗がにじむが、それすら心地よい。
ここは力と技を示す場であり、騎士たちの誇りがぶつかり合う場所だ。
身分も性別も忘れて、集団の中の一員になって自己が埋没する感覚は、不思議なことに「自由」を感じさせた。どうしてだろう。
「集合ッ! 諸君、騎士の美徳を唱和せよ!」
「はっ、アークレイ騎士教官殿! 優れた戦闘能力、勇気、正しき者や弱者の守護、高潔さ、誠実さ、忠誠心、寛大さ、博愛精神、信念、礼節正しさ! ――我ら、騎士の道を守るものなり。名誉を重んじ、弱きを守り、正義を貫かん。悪を憎み、己の欲に溺れず、ただ国と民のために剣を振るう!」
「よろしい! ならば唱和せよ! 騎士道!」
「……騎士道!」
指導するのは、王国騎士団の教導隊の騎士だ。
黒髪に白髪が絶妙な具合で混ざった灰色の髪に褐色肌の壮年騎士で、私たちはアークレイ騎士教官、と呼んでいる。
教導隊の制服は白を基調としており、清廉さと威厳を兼ね備えたデザインになっている。
胸元には金の刺繍で教導隊の紋章である学士帽と剣のマークがあしらわれており、肩には硬質な銀の飾りが付けられていて、袖口と裾には青い縁取りが施され、足元は黒革の長靴。
腰には黒い革製の剣帯が巻かれ、頭にはベレー帽だ。アークレイ騎士教官は筋骨隆々としているが、眼鏡もかけていて、知的な印象もある――格好いい。
教導される私たち――若葉騎士の隊服は、正直、微妙だ。
上着は茶色を基調に、肩と胸に薄緑色の縁取りが施されていて、胸元に緑で若葉騎士の紋章が刺繍されている。背中に緑色のラインが入っていて――これが双葉の絵の刺繍になっていて、なんだか格好悪い。誰がデザインしたんだろう。
しかも、下半身は濃い緑色のズボンだ。成長を象徴するデザインと説明されているが、正直――結構ダサくない?
一説によると、若葉騎士の隊服をわざと格好悪くすることで、「早く立派な騎士服が着たい」と訓練に励ませる意図があるのだとか。本当だろうか?
隊服の意図に思いを馳せていると、アークレイ騎士教官が声を張り上げた。
「諸君らも、若葉騎士の身分に慣れてきた頃だと思う。階段を一段ずつ登るように、ステップアップしていこう。次の訓練は――『騎士道式ランニング』だ!」
「騎士道式……ランニング?」
若葉騎士たちが訝しげに顔を見合わせる中、アークレイ騎士教官は胸を張り、鋭い目を光らせながら続けた。
「諸君、騎士たる者、鍛錬を怠るべからず。そしてただ走るだけではなく、気概を込めよ! 走り出すたびに、声を揃えて『騎士道!』と叫ぶのだ! 魂の雄叫びをあげよ!」
一瞬の沈黙の後、訓練場にいた全員が「ええ……?」という顔をした。
「なぜ疑問顔をする!」
アークレイ騎士教官が鋭く指摘する。
「騎士道の精神を忘れたか? 声に出すことで己を奮い立たせ、仲間を鼓舞するのだ! 騎士道に身も心も捧げよ! さあ、列を組め!」
アークレイ騎士教官の目が血走ってる。ちょっと怖い。
列を組む若葉騎士たちは、どこかぎこちない様子だったが、教官の熱量に押される形で走り出す準備を整えた。
私も列に加わった。
やるしかない。組織ってこんなものだ。上に言われたら、従うしかないのである。
そして――騎士道式ランニングは始まった。
「行くぞ! 唱和せよ!」
アークレイ騎士教官が号令をかける。
「騎士道!」
「騎士道!」
「騎士道!」
一歩走るごとに若葉騎士たちが声を揃える。
最初はバラバラだった掛け声も、段々とリズムが合い始め、妙にテンポ良くなっていった。
「騎士道!」
「騎士道!」
掛け声の響きに合わせて足音が重なり、訓練場全体に奇妙な一体感が生まれる。
「いいぞ、もっと大きな声を出せ! 喉が枯れるくらいがちょうどいい! 心を燃やせ! もっと熱くなれ!」
教官が激を飛ばす。
「次は剣を振りながら行くぞ! 全員、木剣を持てーっ!」
再び列を整えた若葉騎士たちは、今度は剣を振り上げるたびに「騎士道!」と叫び始めた。
私も振り下ろしながら、「騎士道!」と叫ぶ。
なんか変だが……ちょっと楽しいのが悔しい。
騎士道、騎士道、騎士道だ。
「騎士道ー!」
「騎士道っ!」
「騎士道だぁーっ!」
若葉騎士たちが身も心も騎士道に染まった頃、通りかかった先輩騎士が「騎士道!」と声を上げながら勝手に加わり始めた。えっ?
「楽しそうなことやってるじゃねえか。俺も混ぜてくれよ! 騎士道!」
「俺も俺も。騎士道!」
なんでよ。お仕事はどうしたのよ。
先輩? おかしいよ。騎士道?
訓練場中が「騎士道!」の掛け声で満たされ、まるでお祭りのような雰囲気になっていく。
「いいぞ、その調子だ! これが騎士道だ、諸君!」
アークレイ教官は腕を組みながら満足げに頷いた。若葉騎士たちは顔を紅潮させ、汗ばむ顔を見合わせている。
「こ、これが騎士道!」
「ちょっとわかんねえ!」
「考えるな、感じろ!」
「これが俺たちの騎士道だ!」
声を合わせ、身体を動かし、汗を流す――それだけだ。これが騎士道なのだという。
私は汗をしたたらせ、心を騎士道に染めて木剣を振り下ろした。
「騎士道!」
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『ロザリーのひとことメモ』
騎士道!