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8、騎士道、騎士道、騎士道!


「次。ペアを作り、模擬戦をするように。相手を選ぶな。周囲を見て最初に目が合った者と組めッ! 騎士道!」

「はっ! 騎士道!」


 アークレイ騎士教官の号令で、若葉騎士たちは次々とペアを作っていく。

 私は――あっ、目が合った。男性騎士だ。

 よく晴れた夜空みたいな藍色の目をしていて、たぶん同じくらいの年齢。

 日に焼けた彫りの深い顔は精悍で、青みがかった黒髪をオールバックにしている。


 名前は、確か……。


「ロザリーだな。たぶん、お前は俺の名前を覚えていないだろうから、名乗ってやる。俺はグレゴールだ。グレゴール・ランドスミス。こう見えて男爵家の次男坊なんだぜ」


 グレゴールというらしい。覚えておこう。


「お前、金に困ってるんだって? 俺に勝てたらランチを奢ってやるよ」

「えっ! 本当に?」

「ああ。だから、本気でかかってこいよ。必死にライバルと競い合って取り組んだ方が成長できるってもんだ! ちなみに、俺が勝ったらお前を俺の愛人にして養ってやってもいい。準備はいいか、ロザリー?」


 愛人というのは、本命以外に浮気関係として愛し合う存在のことだ。

 騎士物語に出てくる騎士は、どちらかというと主君の妻に手を抱いて愛人になる側が多い気がするけど。


「愛人になるのは遠慮するし、養ったりはしなくていいけど、準備はできてます」


 負けたときの条件はいやだけど、勝てばいい。


「絶対勝ちます」

「言ったな、こいつ。あと、俺たちは同じ歳だし同期だから、タメ口でいいぞ、騎士道!」

「了解、騎士道!」


 アークレイ教官の「始め!」という合図とともに、模擬戦が始まる。


 グレゴールは瞬く間に距離を詰め、木剣を振り下ろしてきた。

 その速度と力は雷鳴のようだ。

 体を反らし、力強く繰り出された剣先を紙一重で避けた。

 鋭い風切り音が耳をかすめる。

 自分も鍛錬しているからこそわかる身体能力と技量の高さ。でも、負けない。


「負けない。お金のために……騎士道!!」


 高らかに叫ぶのは、自分を奮い立たせて、相手の勢いをそぐ目的がある。

 ほら、目論見通り、ほんの一瞬だけグレゴールはの気が緩んだ。

 同時に、見物している騎士たちが白い目で見てくる気配もあるけれど――なんとでも思いなさい! 気にしないわ!


 思い切って踏み込み、全身の勢いを乗せて木剣を横に払う。

 鋭い一閃は、グレゴールの動揺を大きくした。

 この隙を、連続して繰り出す速度重視の技で大きくしていこう。


 閃くように思い出すのは、私に剣を教えてくれた先生の言葉だ。

『お嬢様。勝てばいいのです』

 勝てばいいのよ、勝てば。ランチ奢ってもらえるし。


「モチベはともかく、やるじゃないか、ロザリー! お前は俺のライバルにふさわしい女だと思ったぜ。ここからだ! 正々堂々と行くぞ! 騎士道!」

「お金をモチベにさせたのは、あなたじゃない? 騎士道!」

「ええい。お喋りするな。剣で語れ! 騎士道!」

「私の剣は無口なのよ、騎士道!」

「うるせえ、騎士道!」


 グレゴールは体を低くし、重心を安定させながら、次々と打ち込んでくる。

 掛け合いで返ってくる声は感情的で粗野に聞こえるけど、体さばきも剣戟も力任せではない。緻密に計算され、組み立てられた攻撃だ。デキる。


「お金先輩! ここから全力で勝つのは、私よっ! 騎士道!」

「お、お金先輩だと? 待て、先輩じゃないだろ、俺は同期だし。騎士道!」

「お金はいいんだ? 騎士道!」


 剣の勢いが弱くなっている。集中が乱されているからだ。

 心理戦は実践でも通用する立派な戦法だ――ごめんね、グレゴール。


 私はグレゴールの攻め技をすべていなした。

 防ぐのではなく、流し、受け流し――そして、攻撃に転じる。


『お嬢様に魔法をかけてさしあげましょう』

 先生の声が脳裏に過る。

『あなたは誰より高貴で、特別なお方。太陽はあなたを愛するでしょう。夜闇の不安におびえる隙すらないぐらいに』


 先生は、ちょっとポエマーだった。楽しい気分にさせてくれる人でもあった。私は先生が好きだった。初恋、と言ってもいいかもしれない。


『私が上手にできたら、先生、褒めてくれる?』 

『もちろんです、お嬢様』 


 思い出が元気をくれる。

 もういない先生が、活力をくれる。


「やーっ! 騎士道ーっ!」


 鍛錬場の周囲から、歓声が湧き上がるのが聞こえた。


「すごい……! ロザリーが押してるぞ!」

「いいぞ、騎士道!」

「グレゴール、負けるなよ! 騎士道!」


 グレゴールは、悔しそうな感情をちらつかせた。

 勝つつもりだったのが、想定外に相手が奮闘してきて、焦っている。そんな感情がわかる。


「くっ……こんなはずでは……」


 グレゴールは赤くなり、渾身の力で木剣を振り下ろした。

 それを私は冷静に見極め、わずかに横へ体をステップ移動した。

 グレゴールの剣は空を切る。

 その一瞬の隙を、逃さない。


「これで、ランチ! 騎士道!」


 私の木剣が正確にグレゴールの胸元へ突き込まれる。もちろん、寸止めだ。


「勝負あり! 勝者、ロザリー! 騎士道!」


 ――勝った!


 裁定の声が上がると、鍛錬場には拍手が湧き上がった。

 息を切らしながら、木剣を下ろす。

 草葉の匂いを含んだそよかぜが、火照った肌に心地いい。汗ばむ頬に張り付いた赤毛を指で払って、私は握手の手を差し出した。


「グレゴール。ランチをご馳走になるね、ありがとう騎士道!」


 手が握られる。

 グレゴールは苦笑しながら頷いてくれた。


「俺の負けだ。元気な奴め……! だが、悪くない。立身出世の騎士物語の主人公は、最初はライバルに負けるんだ。俺はいいスタートを切ったぜ。次は勝つ……! 騎士道!」


 なんか言ってる。

 彼はどうも、騎士物語が好きらしい。


 それはそれとして、勝利は喜ばしい。


 お金は、稼ぐだけじゃない。出費を減らすのも大事なんだ。

 勝ててよかった。えらいぞ、私。騎士道~。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――『ロザリーのひとことメモ』

騎士の美徳は、優れた戦闘能力、勇気、正しき者や弱者の守護、高潔さ、誠実さ、忠誠心、寛大さ、博愛精神、信念、礼節正しさ。試験に出る。騎士道!


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