太陽が青空の一番高い場所で輝く、ランチタイム。
私とグレゴールは、食堂に向かった。
食堂は、王城で働く騎士や侍女たちが主要な利用層となっている。
木材が暖かみを感じさせる空間作りがされていて、騎士と侍女が一緒のテーブルについて食事を摂りながら楽しくお話して、そこから恋愛が始まった、なんてエピソードも多い。
王城で働いている役職者には割引が適用されるが、王城内の施設だけあって、それでも街の食べ物屋さんよりちょっとお高い。なので、今日まで利用したことがなかった。
「わ、わあー!」
窓からは穏やかな昼の日差しが差し込んでいて、焼きたてのパンの香ばしい匂いとスープの湯気が食欲をそそる。ぐう――お腹が鳴った。恥じることはない。健康な証拠だ。堂々と鳴らしていこう。ぐう、くう、きゅるる。
「他人のお金で食べるランチって最高! グレゴール、ありがとう!」
「変わったお嬢様だよなあ、お前。俺が知ってる貴族令嬢とぜんっぜん違う」
「騎士なので!」
「まあ、騎士になる時点で珍しいよな」
グレゴールは苦笑しつつ、近くの椅子を引いてくれた。紳士だ。
「わかってるさ。とはいえ、どんな大食い騎士団の猛者よりも食べるとか言い出したら困るぞ」
「ふふ、大丈夫。胃は小さめだから」
大食いは一日にしてならず。
お金持ちで、毎日いっぱい食べられる子は胃が大きくなっていくが、貧乏で毎日ちょっとしか食べられないと、胃は小さくなるのである。
……とは、錬金術師のプレドュスが以前教えてくれたお話なのだが。
「おまたせいたしましたー!」
しばらくして、食堂の看板メニューである「騎士風肉料理セット」と「季節の野菜スープ」が運ばれてきた。
大きなプレートに盛られた肉と、彩り豊かな野菜が目を引く。
サマーワルス男爵家の食卓では見られない、緑の葉っぱとお肉がある。
ああ――持って帰って、家族に食べさせたい。
「どうした? ロザリー?」
「包んで持って帰りたいなと思って。家族にも食べさせてあげたいなって」
「なるほど?」
言ってみるものだ。
グレゴリーは「しゃあないな」と言ってお土産用の包みを追加注文してくれた。
「家族思いな奴は好きだ。食わせてやれよ」
「グ、グレゴール! あなた、いい騎士ね! 評価項目の『正しき者や弱者の守護』とか『寛大さ』とか『博愛精神』で高評価を貰えると思う!」
「フッ、そうだろ? こういう食堂でも周りの目があるからな。いついかなるときも『俺、騎士の美徳できてまーす』ってアピールするのが処世術ってもんだぜ」
「グレゴール! それ、大声で言ったら台無しだと思う!」
目の前の同僚は、計算して騎士の美徳
「家族の分も確保できたし、お前も引け目を感じることなく食うといい。たんまり食ってでかくなれ。主に胸」
「ん?」
「胸は大事だろ。俺はでかい方が好きなんだ」
「それってあなたの好みの話では」
胸が大きいと動きにくい。騎士としては、どうなんだろう。
首をかしげつつ、スプーンを手に取る。スープを一口掬うと、色付きのスープ湯とカットした野菜の具がスプーンに載る。ぜ、贅沢~! サマーワルス男爵家のスープなんて、ほとんど単なるお湯なのに。
「お、おい。スープひとくちで泣くなよ」
「泣いてない。心の汗だよ」
「おう、そうか。じゃ、そういうことで……汗拭けよ」
グレゴールはナプキンを渡してくれて、自分も一口食べて相好を崩した。
「うーん。うまいなー! 鍛錬で汗を流した後には、こういうしっかりした飯が一番だ」
私たちは食べながら、鍛錬場での戦いを振り返った。
私が嬉々として勝利の瞬間を語れば、グレゴールは笑いながら「お金のためって連呼されたのは驚いたぞ」と突っ込む。
「でも、あれで隙を作れたんですから、効果的だったのよ!」
「お前の心理戦には参ったよ。だが、次はそう簡単にはいかないからな。次の勝負を楽しみにしておけ。俺ってやつは成り上がっちゃう騎士英雄の卵なんだ。『騎士ナルシスの救国武勇伝』みたいに」
「『騎士ナルシスの救国武勇伝』は有名な騎士物語ね。好きそうだと思った。でも、次も私が勝つわ! またランチ、奢ってもらうっ!」
笑い合っていると、食堂の給仕係のお姉さんがおすすめメニュー表を追加で持ってきてくれた。
「イキのいい若葉騎士様に、料理長から新メニューのおすすめです!」
「わあー、ありがとう! どれどれ?」
メニュー表には、大きな文字で「東方の特製クリームパフェ・春のよろこび」という商品名が記されていた。
こういう料理は、大陸の東側にある文化国家が発祥の地になっていたりする。
本当かどうかわからない神話レベルの話になるが、異世界人がやってきて異世界の知識を持ちこみ、生活を豊かにする方法をたくさん伝えてくれたのだとか。
食堂の給仕係のお姉さんは、意を汲んだ様子で教えてくれた。
「ここの料理長は、東の出身なんです」
「あ、やっぱり。道理で、先進的な料理センスだと思ったの」
メニューは料理長の手書きのイラスト付きだ。癒し系の画力をしている。
「それ、頼む気か?」
「もちろん!」
「はぁ……いいだろう。負けた男がとやかく言うのもカッコ悪いからな」
グレゴールは苦笑しながら店員を呼び、パフェを注文してくれた。
運ばれてきた特製クリームパフェは、目を見張るほど豪華だった。
背の高いグラスの中には、ふわふわのホイップクリームがたっぷりと盛られ、艶やかなベリーソースが鮮やかな彩りを添えている。
グラスの頂上には大きな苺がちょこんと鎮座しており、その脇にカリッと焼き上げられたアーモンドスライスが散りばめられていて……なんか、すごい。
「これぞ、勝者のためのご褒美よ、グレゴールお金先輩っ!」
「はいはい。その呼び方はやめろ」
私は声を弾ませながらスプーンを手に取った。
一口目――ふわっと軽いホイップクリームが口の中で溶け、甘さとコクが広がる。
ベリーソースの甘酸っぱさが後を追い、全体に爽やかなアクセントを添えている。
「うん、このホイップ、甘すぎないのがポイント高い! ベリーの酸味がさっぱり感を引き立てて、全然重たくない!」
「そーかい。なんかそうやって味の批評家みたいなこと言ってるとお嬢様っぽいな。上品さとか優雅さはいまいち足りないが」
「王侯貴族の贅沢って感じがする。王城の食堂、すごい」
二口目は、底の方に潜むバニラアイスをすくい上げた。
濃厚でクリーミーなアイスが、フルーツの甘みと絶妙にマッチする。
そこにザクザクとしたアーモンドの食感が加わり、食べる楽しさも倍増だ。
「おいしい……! このバニラアイス、香りがしっかりしていて、高級感がある。王族のお姫様になった気分。そしてこのアーモンド、食感が最高っ! パフェってすごい。こんなに深みがあるなんて!」
「おう、おう。よかったな。……美味そうだな。俺も頼もうかな……」
途中で苺をかじると、ジューシーな果汁がほとばしる。
クリームやアイスと一緒に味わうことでさらに贅沢な気分になる――こ、こんなの、食べたことがないっ。
「苺もフレッシュ! 甘みと酸味が絶妙で、最後まで飽きさせない……っ! すごいわ王城の料理長! 食堂ってすごい! 高いだけある……お金さえ出したらこの奇跡みたいな料理が味わえるって、とんでもないことなのでは?」
「お、俺の分も追加注文で頼む。俺も食う……!」
スプーンがグラスの底に届く頃には、私も腹の底まで満足感に満ち溢れていた。
「完璧……。これを奢ってもらえるなんて、グレゴールには感謝しなきゃいけないわね! 次も勝って、全力でこのパフェをご馳走してもらうわ」
「俺たち、毎日ランチを賭けて勝負するのか? まあいいけど」
給仕係のお姉さんが「ご注文ありがとうございまーす!」と元気いっぱいにお礼を言い、パフェを運んでくる。グレゴールの分だ。グレゴールがごくりと唾を飲み込むのが、なんだか微笑ましく思える。
「来たぞ、俺の分も。これが特製クリームパフェってやつか……」
「春のよろこびを知るといいわ、グレゴール」
「よろこび……嬉しいのか」
「とても」
グレゴールは運ばれてきたグラスをじっと見つめる。
その目は、まるで戦場で生死の分かれ目を見定めているかのように真剣だ。真剣さが、なんだかおかしい。
「グレゴール。死にはしないから、気楽にパクッと食べてみて……ふふっ」
「笑うなよ。初めてなんだ。俺の家、東方文化が嫌いでさ」
そう言いながら、彼の眉は微かに動き、口元が引き締まった。
「初めてなら、なおさら楽しまなきゃ損よ! 騎士道!」
「わかってるさ! 騎士道!」
グレゴールはスプーンを手に取り、グラスの頂上に鎮座する苺を慎重にすくった。
そして、それをゆっくりと口に運んだ。
――その瞬間。
「な、なんだこれは……っ!?」
彼の目は、限界まで大きく見開かれた。
次いでスプーンを持つ手が微かに震え、まるで雷に打たれたように体を仰け反らせる。
そして――
「う、うまい……うまいぜぇーーっ!」
食堂中に響く大声で叫ぶグレゴール。
その勢いで椅子から落ちそうになるくらいだ。
周りにいた騎士や侍女たちが驚いてこちらを見ているけれど、私は気にしない。それだけ美味しいのだ、このパフェは。
「ほらね、おいしいでしょ?」
彼の反応が嬉しくて、自然と笑顔になってしまう。
「す、すまん! でもこれは……なんだこのうまさは!? こんな……こんなの……っ、知らない……っ」
グレゴールは興奮しながらスプーンを動かし、クリーム、アイス、苺を交互にすくい上げる。
甘さと酸味、そしてクリーミーさの調和に、彼の表情がどんどん緩んでいく。
「このクリーム……ふわふわなのに濃厚で! ベリーソースの酸味が完璧に引き立ててやがる! ……なんだこれは? 夢みたいだ!」
「夢じゃないのよ、グレゴール。これが春のよろこびなのよ!」
「こ、これが!」
私たちは春のよろこびを知ってしまった。
もう、昨日までの自分とは違う。
給仕係のお姉さんが微笑んで、「お気に召しましたか?」と声をかけてくれる。
「ああ、最高だ! お姉さん、このパフェを作った料理長に伝えてくれ。これほどのものを作るなんて、まさに芸術の域だ!」
「かしこまりました!」
そんなグレゴールを眺めながら、私はニヤリと笑った。
「このパフェ、高いでしょ。あのね、グレゴール……自分がお金を払わずに食べる味は、もっと格別よ!」
「な、なんだって」
「次もパフェを賭けた勝負をするしかないわね」
「ぐっ……いいぜ。次は俺が勝つ! 勝利の味としてこのパフェを食べるからな!」
次もこの味を堪能するために、私も全力で勝負するわ!
グレゴールは恍惚とパフェを食べ終わり、ほうっと熱い吐息をついてから、笑みを浮かべた。
「お前、本当におもしれー奴。……俺は好きだぜ」
ぱちんっとウインクをしてくる口元にクリームがついている。
親しみやすくて、いい友達になれそうな気がする。
窓から見える空は透き通るような青さを見せていて、耳を澄ますと、小鳥のさえずりが聞こえる。
こうして、ランチタイムは平穏無事に過ぎていった。
ごちそうさまでした。