黒いフードつきローブに身を包み、顔の半分を影に沈めた推定・占い師は、二人にじりじりと近寄っていく。
確か、茶髪の男性は騎士なんだっけ? 名前はシオンとか言ったはずだ。
シオンさんは、ご主人様を守るように前に出ている。
推定・占い師は、警戒され慣れている様子でマイペースだ。胡散臭い口調でセールストークをしている。
「運命が見えます……あなた方には、近いうちに大きな災厄が訪れるでしょう……しかし、私の力を借りれば、それを避けることができます……ほんの少しの対価で……」
金持ちそうな二人からお金をふんだくりたいのだ。
気持ちはわかる。しかし、真偽不明の情報で怯えさせての押し売りはよろしくない。
騎士たるもの、王都の風紀は正すべし。騎士道~。
「そこの占い師さん、私は王城勤めの騎士です。職務質問をしてもよろしいですか?」
「ぬっ」
声をかけると、占い師はピクリと動きを止めた。
「騎士?」
「はい。……新人ですけど」
二人の貴公子も驚いたようにこちらを見る。
どうもー、先日は指輪をありがとうございました。
心の中で挨拶しつつ、目の前の占い師への対応を優先だ。
「占い師さん。商売熱心なのは素敵だと思うのですが、こういうのは、信じる人だけが頼むものですから。無理に売りつけるのは、ちょっとやりすぎじゃないですか?」
敵意はありませんよ、と私が軽く笑いながら言うと、白銀の貴公子がふっと肩の力を抜き、「まったく、その通りだ」と呆れたように言った。
「私たちは占いに興味がない。もう行ってくれたまえ」
相変わらず、柔らかで耳に心地いい美声だ。シオンさんも、「ええ、ええ」と頷いている。
占い師を見ると、大仰に背を丸め、残念そうに頭を下げた。
「そんなこと、おっしゃらず――」
まだ諦めないんだ?
目を丸くした私は、ふと、その袖口の動きが妙に不自然なのに気づいた。
……あれ?
視線を下げると、黒い布の隙間から、冷たい光がちらりと覗いている。
――ナイフ!?
やばい! これはただの占い師じゃない!
反射的に、私は手にしていたお土産の菓子箱を思い切り投げつけた。
「えいっ!」
「ぎゃっ」
箱がフードの男の顔面にヒットし、バサッとフードがずれた。おや、どこかで見た顔――って、陰口で注意されていた若葉騎士のひとりじゃない?
名前、なんだっけ。
「マーク?」
「……!」
名前は合っていたみたいだ。
マークは黒いローブの袖を翻し、フードを引っ張って顔を隠した。
そして、その拍子に、隠し持っていたナイフが手元から滑り落ち、カランと地面に転がった。
「な……っ!?」
それを見て、白銀の貴公子とシオンさんの表情が一変する。
「お前、占い師じゃなかったのか」
「しまった……!」
ナイフを拾おうとするマークの腕を、白銀の貴公子がすばやく蹴り飛ばす。
続いてシオンさんがマークの背後に回り込み、腕を取って動きを封じた。
私も手伝おう。騎士道。
「お手伝いします、騎士道ー!」
「この子、また騎士道って言ってる……」
マークはもがいたが、こっちは三人がかりだ。あっさりと取り押さえることができた。よかった。
「貴様、何者だ? 誰の差し金だ?」
茶髪の騎士シオンの鋭い問いかけに、マークは歯を食いしばる。
せっかく若葉騎士になれたのに。
この状況、きっとあれだよね?
お忍びの高貴な身分の貴公子を、誰かに雇われたマークが暗殺しようとしていた……っていう?
「マーク……実はお金に困っていたりしたの?」
貴族社会の闇は深い。
騎士の身分を活かして諜報しろとか、敵対派閥の貴族令息を誘拐しろとか、暗殺とか――華やかで優雅な社交の裏で、貴族たちは陰謀を巡らせ、捨て駒を使って互いを陥れ合っている。
「何事だ!」
……と、そこへ巡回中の騎士たちがちょうど通りかかり、騒ぎを聞きつけて駆け寄ってきた。
シオンさんは、純朴そうな声で説明をしてくれた。
「この、マークとかいう男が占い師を装って我々に襲いかかろうとしてきたのです。彼女が助けてくれました」
巡回の騎士たちは、すぐにマークを取り押さえて連行していった。
私はというと、投げつけたお菓子箱からお菓子がこぼれているを見て、しょんぼりしていた。
「あぁ……せっかくいただいたお菓子が……洗ったら食べられるかな……」
お菓子はクッキーだった。
ちょっと地面に触れたくらいで、すぐに拾ったからセーフ、と思ってはいけないだろうか?
だめだろうか……。
そんな私に、白銀の貴公子が苦笑しながら言った。
「君のおかげで助かったよ。危うく不意を突かれるところだった」
「まさか占い師に化けた暗殺者とはな……本当に感謝する」
シオンさんも安堵のため息をつき、私に微笑みかける。
「……ありがとう」
……わあ、なんかすごく感謝されている。
これはもしかして、公爵家の茶会に続いて、またいい仕事をしたってことでは!?
やったー!
白銀の貴公子は、ふと何かを思いついたように微笑み、懐から小さな袋を取り出した。
「助けてもらったお礼に、これを受け取ってほしい。お菓子も犠牲になってしまったようだし」
「わあ……!」
袋を開くと、中には煌めく指輪が入っていた。
月の光を受けて、深い青色の宝石がしっとりとした輝きを放つ。
銀で縁取られたそれは、まるで夜空の一部を閉じ込めたようで、美しい。
「なんか……いつも指輪を持ち歩いていらっしゃるんですね?」
「たまたまだよ」
この人、きっと女たらしだ。
会う女性みんなに指輪を配って歩いているのかもしれない。
それか、指輪売りか。
「売っても構わないよ」
「……!」
優雅に微笑む貴公子を見て、私は胸が躍った。
こんな素敵なお礼をもらえるなんて、いいことをすると本当に良いことがあるんだなあ!
「ありがとうございます! 売ります!」
貴公子は珍獣を見るような目で私を見て、クスッと笑った。
「ふふ……君は面白いね。高く売れよう祈っているよ」
貴公子はゆったりと踵を返した。
シオンさんも呆れつつ、それに続く。
いい人たちだ。
今日はお菓子ももらえたし、いい日だ。
明日もがんばろう――プレドュスの研究は順調かな?
次のお休みの日に、様子を見に行ってみようかな。
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
――『ロザリーのひとことメモ』
拾ったクッキー、土もついていなかったので食べてみた。
おいしかった。
リセリア様に大感謝!
ごちそうさまでした!