メイドによる紅茶ぶちまけ事件を防いだ後も、茶会は続く。
ティーカップがふわりと甘い香りを立ち上らせるなか、令嬢たちの笑い声が弾ける。
「ねえねえ、お聞きになりまして? 先日の宮廷舞踏会で、王太子殿下がリセリア様と踊られたのですって!」
「まあ、素敵。本当ですの、リセリア様? わたくしは恥ずかしながら宮廷舞踏会に招かれたことがなく、王太子殿下のご尊顔も存じませんけれど、この国一番の美貌の持ち主ですとか、まるで太陽のように眩しい方だとお伺いしておりますわ……リセリア様とお似合いだと思っておりましたの!」
公爵令嬢は静かに微笑んでいる。
この国の王太子殿下は、かなり美形で有能だと評判だ。ただし誰にでも欠点はあるもので、婚約や結婚に積極的ではなく、女性を遠ざけがちなのだとか。
そんな王太子殿下とダンスを踊るなんて、全世界の羨望の的になる偉業だ。
それなのに自慢する様子がなく、ごく自然に当たり前ですわって顔をしているのがすごい。
このお方は本当に雲の上の高貴なお嬢様なのだ。もしかしたら、将来は王妃様になるのかもしれない。
「リセリア様は社交界の華。その美しさ、品格、どれをとっても、王太子殿下の申し分ありませんわ」
「わたくしも聞いたことがございます。王太子殿下が先日、リセリア様にお手紙を贈られたと……」
「本当ですの? リセリア様?」
きゃあ、と甘い歓声が上がる。
公爵令嬢はそこでちょっと恥ずかしがるように頬を染め、視線を庭園の花々へと移ろわせた。
そして、控えめに「ええ、いただきましたの」と答えて、全員を喜ばせた。
「素敵ですわ」
「喜ばしいことですね」
「自分のことのように嬉しくて、興奮してしまいます……!」
優雅にカップを傾ける令嬢たちの熱っぽい声が、そよ風に乗って軽やかに響く。
――あ。
そんな茶会の令嬢のテーブルの近くに、蜂が寄ってきている。
自然に囲まれているので、こればかりは仕方ない。近寄る前に追い払いたいところだが、ぶんぶんと羽音を立てる蜂は素早かった。
「きゃっ、蜂ですわ」
「みなさま、お気を付けてくださいませ」
令嬢たちが蜂に気付き、警戒する。
警護の騎士たちが網や棒に手を伸ばして追い払おうとするので、私も加わった。
あっちいけー、あっちいけー。
ハンカチを懐から取り出して振っていると、蜂は偶然、ハンカチに飛び込んで来た。
潰さないようにハンカチでくるみ、「確保しました」と報告すると拍手が湧く。
「よくやった!」
公爵家の騎士が褒めてくれた。やったー。
令嬢たちも安心した顔で「よかったですわ」「お疲れ様です」と労ってくれる。
私が一礼すると、公爵家の騎士は虫を入れる籠を持ってきた。
「戻ってきても困るので、捕獲した蜂を入れておくように。茶会が終わってから離せばよい」
籠に蜂を入れると、「近くに置いておくと仲間が来るかもしれないから」と籠が運ばれていった。
見送って警護担当の立ち位置に戻ると、令嬢たちは再び楽しい世間話モードになっていく。
上流階級の令嬢は余裕があって、多少のトラブルで自分の娯楽を中断させないんだなあ。何かあっても「びっくりしましたわね、では続きを楽しみましょう」って感じなんだ。
やがて日が傾き、茶会が終わる時間を迎えると、公爵令嬢は私を呼びつけてお土産のお菓子を持たせてくれた。
「本日はよいお仕事ぶりでした。ロザリー・サマーワルスさん。あなたのお名前を覚えておきますわ。また個人的にお仕事をお願いするかもしれません」
公爵令嬢は嬉しいことを言ってくださった。
やったー、名前を覚えてもらえたわ!
◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆
後始末に従事して仕事を終え、報酬をありがたくいただいてホクホク顔で公爵家の門から出るころには、日がすっかり沈んでいた。
立派な門を通り外に出て、徒歩で家に帰ろうと歩き出す。
高い塀の公爵邸から離れ、曲がり角をひとつ、ふたつ、みっつほど曲がったところで、私は気づいた。
見覚えのある殿方、二人組がいる。
ちょっと前に開かれた公爵家の夜会で男性に押し倒されて貞操の危機に瀕していた茶髪の男性と、彼のご主人様らしき白銀の貴公子だ。二人とも見るからにお忍びスタイルで、けれどあふれ出る高貴さが隠しきれていない。
そんな彼らは、今――あやしい占い師みたいな人に絡まれていた。