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12、公爵令嬢が優しくてよかった!

 朝。

 私は若葉騎士の隊服に身を包み、出勤した。

 本日は、お金の湧く泉……ジャントレット公爵令嬢のお茶会を警護する日だ。


 公爵家にはお抱え騎士団があり、日雇いで来た若葉騎士の身分は低い。


「またあの赤毛騎士か。夜会でも警護してたな」

「あの女、変なんだよ。夜会のときに客が捨てた飾り付きのシルクのハンカチを拾ってたんだ。すごく嬉しそうに『売ってもいい?』『うん、いいよ』って独り言垂れ流してた」

「なんだそりゃ……見た目はいいのに」


 ひそひそと話す声が耳に入る。


 たしかに拾った。

 ありありと思い出せる。


 ――『ハンカチの思い出』


 夜会の席で、酔った貴族紳士たちが一人の貴婦人を奪い合い、「決闘を申し込む」とお互いにハンカチを投げ合ったのだ。

 この王国では、ハンカチを相手に投げつけて「決闘を申し込む」と言い、相手が拾うと決闘受諾という貴族社会の習わしがある。

 しかし、紳士たちは投げ専で、拾う気がなかった。

 「お前が拾え」「お前こそ」と言い争った末に、なぜか「ハンカチは投げるものであって拾うものじゃないよな、貴殿はなかなかわかっている」「貴様こそ」と意気投合し、「ハンカチはもういらない。掃除してくれ」と言われたのだ。


 煌びやかな宴の名残が残る会場の隅で、床に落ちたまま誰にも拾われないままの、豪華な刺繍が施されたハンカチは、輝いていた。

 気のせいではない。

 柔らかなシルクに、金糸で繊細な花模様が縫い込まれ、角には小さな貴石の装飾まで施されていた。それはもうキラッキラだ。


 なんてもったいない。これ一枚でどれほどのお金になることか。ハンカチだって、捨てられるよりどこかで再利用された方が嬉しいよね?


『ね? ハンカチさん?』 

『うん、ぼくを拾って役に立ててロザリー!』


 私にはハンカチの声が聞こえた気がした――幻聴だ。


 私はありがたくハンカチ回収係になり、上官に許可をいただいて持ち帰った。いいお金になりました!

 ありがとうハンカチ。

 ありがとう酔っ払い貴族紳士様。めでたし、めでたし。


「回想完了!」


「あの女騎士、聞こえるように言ったのに全然気にしてないっぽいな。カイソウカンリョウってなんだ?」

「あいつ変なんだよ……」


 さて、お仕事の時間だ。

 意識を現実に戻そう。


 ジャントレット公爵家を訪れるのは、今回が二度目。

 相変わらず立派な邸宅だ。

 庭園も色彩豊かな花々が香り高く咲き誇っていて、空気を吸っているだけでお金持ちになった気になる。


 会場は、大輪の花が咲き誇る庭園だ。

 頭上は青々とした大空が広がっていて、太陽が眩しい。

 風が吹くたびに、れた花や香水のいい匂いがする。


 そんな庭園で明るい笑顔を見せて集まっているのは、上流階級の令嬢たちだ。

 王国でも名高い公爵令嬢に気に入られているだけあって、彼女たちは優等生だ。


 全員が最高級のドレスに装飾品で着飾っていて、お揃いみたいに流行りの化粧をしている。

 所作、リアクションは社交慣れを感じさせた。

 目立ちすぎず、かと言って空気になることもない。

 他者が褒めれば本人は謙遜し、褒めてくれた相手を褒め返す。誰かが婚約者の愚痴を言えば、同調して自分の婚約者の愚痴を言う……。


 そんな高貴な輪の中心は、リセリア・ランダ・ジャントレット公爵令嬢だ。


 豪奢な金髪の巻き髪に紫水晶アメジストめいた瞳をしたリセリア・ランダ・ジャントレット公爵令嬢は、美しかった。

 ドレスは純白で、子どものころに読んだ騎士物語に出てくるヒロインを連想させる。なによりも、金色に輝く髪が白いドレスに映えていて、お金を連想させた。

 王国騎士もいいけど、こういう貴族のお姫様をお守りする騎士にも憧れちゃう。金髪というのが、とてもいい。艶々のきらきらで、綺麗だ。

 私は金髪が好きだ。

 フェチと言ってもいいかもしれない。


 脳内に妄想が展開する。


 ――『もしも公爵令嬢の騎士になったら』


 おお、私の可憐な公爵令嬢! 

 可愛らしく、庇護欲をそそるあなた様を、私がお守りいたします。


 あの美しい金髪を毎朝、私がブラシで梳かすのだ。

 公爵令嬢は私を気に入ってくれて、お金をくれたり、お菓子をくれたり、お悩みを打ち明けてくれたり、お金をくれたり、お忍びの遊びを一緒にする仲間に選んでくれたり、お金をくれたり、「ロザリーとわたくしはお友だちよ」と言ってくれたり、お金をくれたりする。

 私は嬉しいと思いつつ、形だけ「そんな。私とお嬢様は身分が違います。私は騎士です」とか言うんだ。

 そうすると公爵令嬢は淋しそうな顔をして「身分なんて関係ないわ」と言い、お金をくれる……素敵!


 この麗しい公爵令嬢に気に入られれば、そんな物語みたいな未来があるかもしれない。

 気に入られたい。嫌われたくない。

 私の野心が燃え上がったとき、異能が働いた。


 未来を知らせる異能が見せたのは、スカートの長いメイドが転んでしまい、令嬢たちのドレスに紅茶をぶちまけて破滅する姿だった。

 しかも、なぜかそのメイド、かなり距離があって説得力が皆無なのに「あの騎士が足を引っかけたのです!」と言って私を巻き込もうとする……?


 最後の部分は意味不明だったけど、令嬢たちの楽しい時間は私が守ろう。


 彼女たちが談笑するテーブルに、今まさにスカートの長いメイドが給仕のために接近中だ。

 紅茶のティーポットを持ち上げた彼女がぐらりとバランスを崩し、倒れ込もうとしたので、サッと腰に手を当てて支える。


「きゃっ」


 令嬢たちが驚いた様子で小さな悲鳴をあげる中、花の香りを含んだ風がふわりと私とメイドの髪を揺らし、ついでに近くの木に咲いていたオレンジブロッサムの花弁を舞わせた。


「失礼いたします、ロザリー・サマーワルスです。大丈夫ですか? 危ないと思い、差し出がましいようですが、お助けいたしました」

「あ……ありがとうございます、騎士様」


 メイドはポッと頬を染め、お礼を言ってくれた。


 私はメイドから手を離し、一番発言力があって優しそうな公爵令嬢の前に膝を突いた。


「お嬢様の楽しい時間をお騒がせしてしまい、大変失礼いたしました」


 こういうのは一番偉い人が怒りだす前に謝罪することと、余計な言い訳をしないことが大事なのである。教本にも書いてあった。騎士道!

 メイドも心得た様子でかしこまり、「失礼いたしました」と謝罪した。すると、公爵令嬢はたおやかな声で期待にこたえてくれた。


「……トラブルを防いでくださってありがとう存じますわ。下がってよろしくてよ」

「寛容なお言葉に感謝いたします。さすがは名高きリセリア・ランダ・ジャントレット公爵令嬢、お心が広く、お優しくていらっしゃるのですね……!」


 お許しに深く頭を垂れて感謝すると、令嬢たちが「転びそうになりましたの?」「気を付けてくださいませ」と優しく気遣ってくれる。

 もし粗相をしてドレスや肌に紅茶被害が出ていればお怒りになられ、感情的に責めただろうが、被害なしで茶会の主人が許したのであれば、招かれた取り巻き令嬢たちは同調するのみだ。


 公爵令嬢が優しくてよかった!


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 ――『ロザリーのひとことメモ』

 公爵令嬢リセリア様は、たぶん優しい!

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