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16、公爵令嬢からの手紙

 ●月△日。

 一難去ってまた一難という言葉があるけど、私が生活していて思うのは「お金を稼いだ端からお金を使う必要が出てくる」ということだ。


 お金がない。

 いつもの悩みだが、今回はまた莫大な金額だ。


 心と体を休めたプレドュスはお店の営業を再開して商売で資金調達もしてくれると思うけど、私も稼がないと。


 ――ロザリー・サマーワルスの日記より。


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 大変な状況に頭を抱えていると、お手紙が届いた。

 リセリア・ランダ・ジャントレット公爵令嬢からだ。お手紙の紙は、3枚ある。


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 ――『1枚目』


 親愛なるロザリー・サマーワルス殿へ


 先日は、私リセリア・ランダ・ジャントレットが催しました茶会の折、警護の任を果たしてくださり、誠にありがとうございました。

 貴殿の勤勉なる働きぶりに、改めて敬意を表します。


 さて、先日ふと耳にしたところによりますと、貴殿は近頃、騎士としての務めの傍ら、さらなる収入を得るべく他の仕事を探しておられるとか。

 私リセリアは、貴殿の誠実さと実直なるお人柄を大いに気に入っております。そのため、何か力になれぬかと思案し、短き時を費やすのみで相応の報酬を得られる仕事を幾つか選び、書き記しました。


 この書状に紹介状を同封しておりますので、もし気に入るものがあれば、記された場所へと赴かれるとよいでしょう。

 貴殿ほどの才覚をお持ちであれば、きっとすぐにでも受け入れられ、報酬を得ることができましょう。


貴殿の健勝と幸運を心よりお祈り申し上げます。


リセリア・ランダ・ジャントレットより


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 ――『2枚目』


〈仕事の給金一覧〉


●職場:『夜喰よくいの白蜘蛛しらくも

・夜霧の始末屋 (暗殺)

・影渡りの密偵(諜報・潜入)

・名もなき運び屋(密輸・護送)

・流浪の導師(剣技指南)


●職場:『華燈楼かとうろう』  

・籠の鳥の管理人(娼館の裏方)


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――『3枚目』


 紹介状


親愛なる関係者各位へ


 この度、私の知人であり、また信頼のおける人物であるロザリー・サマーワルス殿をご紹介させていただきます。

 彼女は誠実にして腕利きの騎士であり、最近では新たな収入源を求めておられると伺いました。

 私自身も彼女の働きぶりに大変感銘を受けており、その実力を存分に活かす機会を提供したいと思っております。


 以下に記された仕事先において、ロザリー殿が働かれることに何ら問題はございません。

 彼女は確実にその能力を発揮し、貴殿にとっても有益な結果をもたらすことでしょう。どの仕事を選ばれるにせよ、私が責任を持って推薦いたしますので、どうぞご安心ください。


 どうか、彼女に対してご配慮いただき、素晴らしい機会を提供していただけますようお願い申し上げます。


 それでは、何卒よろしくお願い申し上げます。


リセリア・ランダ・ジャントレットより


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 1枚目を見た私は歓喜し、2枚目で眉間に深い皺を寄せた。

 3枚目は、ありがたい。これ1枚だけでもオークションで売れそうな価値のありすぎる一筆だ。


 ありがたいのだけど……紹介された仕事先と内容が問題ありすぎる。


「や……闇稼業バイトのご紹介じゃない!」


 どう見ても闇稼業バイトだ。

 公爵家と繋がりのある組織ってことだろうか。うわあ、貴族社会の闇が形になって私の手の中にある……。


 公爵令嬢は厚意で紹介してくださったので無下にもしにくい。

 一応、職場:『華燈楼かとうろう』籠の鳥の管理人(娼館の裏方)なら闇度合が軽そうだけど、このお仕事を受けてみようか……?


   ◆◆◇◇◆◆◇◇◆◆


 夜の静寂に包まれた公爵邸の一室――豪奢な装飾が施された寝室の中で、一人の令嬢が優雅に椅子へ腰掛けていた。


 豪奢な金髪と紫水晶の瞳を持つ美しい公爵令嬢、リセリア・ランダ・ジャントレットだ。

 彼女は机上に広げられた手紙をつまみ上げ、その内容を再び確認した。


「ふふっ……ふふふっ……」


 手紙を持つ指先がわずかに震え、やがて堪えきれぬ愉悦が彼女の口元を緩ませた。

 手紙は、ロザリー・サマーワルス男爵令嬢からだった。

 彼女はリセリアに感謝し、仕事を受けると書いてきた。そして、リセリアの優しい心根や外見を褒めてくれた。


「おほほほほっ!」


 夜の静けさを破るように、高らかな笑い声が響き渡る。


「引っ掛かりましたわね、ロザリー・サマーワルス! 感謝の言葉を寄越してくださるとは……あなたったら、なんておめでたい方なのかしら。罠とも知らずに、おまぬけさん」


 机の端に置かれたもう一通の手紙に目を向ける。それはリセリアが娼館『華燈楼かとうろう』の関係者へ送った密書の下書きだった。

 公爵令嬢たる者、書き損じを他者に送るわけにいかない。

 リセリアはいつも一通の手紙を出すとき、何枚も下書きをしてから一番出来栄えよく書けた手紙を相手に送っているのだ。


「裏方ではなく、ちゃんと客の相手をするようにと、現場の者に手配しておきましたわ。お仕事に慣れてきたころを見計らって王国騎士団に密告もして差し上げます」


 リセリアは、密告内容もすでに考えてある。


ほまれ高き王国騎士ともあろう者が娼館で春をひさいでいると目撃証言がありますが、風紀が乱れすぎでは?』


「ロザリー・サマーワルス。わたくしの愛する王太子殿下に目をかけてもらっているあなたが悪いんですのよ。身分を弁えず、分不相応な立場に近づこうとするから……」


 リセリアは届いた手紙をもう一度読み返した。


====


我が国の誇る社交界の華、公爵令嬢リセリア・ランダ・ジャントレット様へ


美しき金の巻き毛に輝く紫の瞳、そして白く滑らかな肌を持つ貴女様、リセリア様のご厚意に、心より感謝申し上げます。

この国で一番高貴な家柄でお金持ちで社交界で評判の可憐なお姫様が、わたくしのことを気にかけてくださるなんて、光栄の極みです。


ロザリー・サマーワルスより


====


「ふふっ……でも、こんな風に一生懸命褒めてくださると、悪い気はしませんわね」


 手紙をそっと胸元に押し当てながら、彼女はふんわりと微笑んだ。


「騎士団を解雇されて可愛らしく泣いてくださったら、わたくしが手を差し伸べてあげてもよろしくてよ。わたくしの専属護衛騎士にして愛でてあげましょう」


 リセリアはうっとりと想像した。

 哀れなロザリーを飼い、優しいと褒められる自分。

 ロザリーに見せつけるように目の前で王太子殿下といちゃつく自分。


 ……なんて気分がいいの!


 そんな未来を、自分が手繰り寄せよう。


 リセリアはそう決意した。


 窓の外を見ると、明るく輝く星々が一面に広がっている。


 その星々には、大陸中で信仰される多神教の神話がある。

 古代の神々は、地上に生きる人間たちを見守っていて、気に入った人間に権能を授けたりしていた――そんな神話である。


 このウィンズストン王国の建国神話にも、「女神ランダという善悪両面を備えた気まぐれな神様が、王族を気に入り、権能を授けてくれた」というエピソードがある。


 王族の子孫の中で紫の瞳を持つ者は権能を持つ確率が高いと言われていて、王太子アーヴェルトは強い権能持ちだと言われているし、リセリアもほんのわずかだけ権能を持っている。


 ――リセリアは、特別な存在なのだ。



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