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第4話 スローライフ

 今朝もおれはちゃんとジュタのままで目が覚めて、仏壇にむかってお経をあげた。


 あとは、のんびりとしている。

 『聖女』の時はさ、こっちのしきたりとか常識を勉強したり、言われるままに式典に出たり、色々とやることがあったけど、今は違うから。


 のんびり暮らしだから、ホントに身の回りのことしかしない。

 ていったって、日本にいた時みたいに便利な家電があるわけじゃないから、色んな事に時間がかかるし、すごく身体を使ってる。

 掃除は箒とはたきと雑巾で、洗濯はたらいを使ってする。

 自分で土をおこして畑を作るとこから始める、本格的な農作業もする。

 森に入る時は採取作業。

 狩りや漁はおれには無理だった。

 スーパーで売っている切り身しか知らない現代男子ですまん……って、感じで無理だった。

 そんなゆったりまったりな生活そのものは、『令和日本で流行りのスローライフ』と思えばどうってことない。

 近くの村の人たちがいろいろと教えてくれるしね。

 家事の仕方から、畑仕事から、森での暮らしに至るまで。

 自分の仕事もあるだろうに、何くれとなくここに来て、無駄話をしながら手を動かしながら、おれに色んな事を教えてくれる。

 その風景はまるで、おれの実家みたいだ。

 近所の人たちがばあちゃんに会いにきていた、とうちゃんの寺。

 おれはもう成人しているって何度も言っているのに、村の人たちはどうも半信半疑らしくって、心配だからって言うんだ。

 まあ、おれ、平均的日本人の外見でこっちの人からしたら小柄だし童顔だから、どうしても子ども扱いになるらしい。


 今日は畑仕事。

 家の裏側、物干しの横には小さな畑があって、おれはそこで簡単に育てられる野菜と、鮮度が重要な薬草を育てている。

 『聖女』が作る薬は特別効きがいい……らしい。

 育てた材料で作ったり買った材料で作ったり、いろいろと試して、一番効き目のいい薬を探って、今では生活費のために作っているんだ。

 働かざる者、食うべからず。

 再度呼び出されたけど今度は帰れないっていうし、それならいつまでもお客さんでいちゃいけないでしょう。

 おれだって成人男子だからね。

 そんなことをしなくてもって、王宮からは言われた。

 だけど告げられた優しい言葉に甘えて頼ってしまったとして、生活できなくなっちゃうのは怖いじゃないか。


「やあ、ジュタ、調子はどうだい?」


 草を抜いて一か所に集める作業をしていたら、声がした。

 森の方から家にやって来た、ミリヒ。

 ミリヒの家は森の中のどこかにある、妖精族の村。

 本来妖精族は自分たちの領域から出てこないんだそうだけど、ミリヒは『守人』なので、妖精族の村からでてあちこちに足を運ぶらしい。

 妖精族なんてゲームの中でしか見たことがなかった。


 色んな事を知るたびに、おれの常識との違いに驚いて、納得するときについうっかり思ってしまうのは『ゲームみたい』。

 こっちでは剣も魔法も不思議も妖精も魔獣も、身近にある。

 作り物でもなんでもなくて、それは、目の前にある現実。

 いかんいかんと思いなおして、ミリヒに手を振った。


「こんにちは、ミリヒ。悪くないよ。畑もいい感じ」

「そうか。それは良かった」

「そっちはどうなの? 『世界』のご機嫌はまだ悪い?」


 おれがこの世界から消えた時、『世界』が荒れたんだってさ。

 だからおれは呼び戻された。


「君が毎日きちんと祈りを捧げてくれているのに、そんな訳ないだろ?」

「だといいんだけどね」


 にこにこと笑うミリヒに、一応は役に立っているんだなって、ほっとする。

 時々おれの様子を見に来る王宮の人たちは、そうは思っていないようだ。

 王宮の中にある祈りの場と同じようにして、同じように祈って欲しいと、暗に告げてくる。

 いや、こっちでの作法で祈るのだって、聖女時代に覚えさせられたから、まだ覚えているし、多分できるとは思うんだよ。

 できるんだけどね。

 でもおれ、もう、『聖女』じゃないから。


「ちょうど、休憩にしようと思ってたんだ。ミリヒ、お茶にしよう」


 ミリヒも来たことだしと、畑仕事にけりを付けて、おれは家の中にミリヒを招いた。



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