基本的にこの家はこの世界の生活に準じて作られている。
つまり土足生活。
だけど、どうしてもどうしても全室土足っていうのはイヤで、リビングと仕事部屋だけは、敷物を敷きこんで靴を脱ぐ仕様にしてる。
日本人だからさあ、そこはどうしても譲れなかったんだよ。
ミリヒが靴のままでもいいように、ダイニング的なところに座るようにすすめるのはいつものことで、ミリヒも慣れたようにいつもの席に座る。
茶菓子は村の人からもらったナッツやらドライフルーツを甘い何かでぎゅっと固めた感じのモノで、茶はおれの感覚だと抹茶。
おばちゃんたちに教わったとおりにセットして出したら、ミリヒの口には合わなかったらしい。
菓子をひと口齧って、悲しそうな顔をした。
「ジュタ……これ、甘くない?」
「うん。うまいよね」
おれは甘党だから。
「しかも茶はにがい……」
「わかる」
甘すぎるくらい甘い菓子と、苦い抹茶の組み合わせは至福だよね。
しかめっ面のミリヒを見てたら、笑えてきた。
きれいな造作で、すげえ顔。
美味いのに。
「おれもチビん時はそう思ってた。ばあちゃんに止められたけど抹茶点ててもらって、泣きを見たこと、何度もあるもん。でも、今は、その苦味が美味い」
元の世界と同じモノはないけど、似たものはある。
でも、世界観ちがくないですかって感じでアラブと和風がシレっと混ざってたりするのが、おもしろい。
以前は違うことに戸惑ったけど、今はもう平気。
だってこの世界はそういうものだから。
違うところだけ取り上げて気にしていたって、どうしようもないんだ。
「無理なら残していいよ、おれがあとでいただくから」
「いや……うん、まあ、何とか……」
「そう?」
「せっかく、ジュタがお茶をいれてくれたから」
って言いながらもミリヒはしかめっ面のままだから、しょうがない、武士の情けだ。
おれはさっぱりした口当たりのハーブティーをいれて、ミリヒの前に置く。
「ジュタ」
「どうせ身のうちにいれるなら、いい顔でいただいた方がいいから」
「ありがとう」
「どういたしまして」
穏やかな時間は、心地いい。
ミリヒはおれの様子を見に来る。
時々他の妖精族の人から聞くに、ミリヒは立場のある偉い人で割と忙しいみたいなのに、わざわざそれほどの日を開けずにふらって感じで顔を見せる。
多分、おれを呼び戻した責任感みたいなモノなんだろう。
ミリヒがそうやって心配りをしてくれるおかげで、おれはそれほど孤独を感じないでいられる。
「ミリヒ」
「ん?」
「茶、どう?」
「ぼくはこちらの方が好きだな」
「それは良かった」
孤独が身にしみてどうしようもなくなる時を、おれは知っている。
それは異世界にいるからとか、常識が違いすぎて戸惑ってしまうとか、そういうことじゃないっていうことも。
存在がないように扱われること。
何もできることがないこと。
思うことを口にできないこと。
経験を信じてもらえないこと。
誰とも関われないこと。
名前すら呼ばれないこと。
「ありがと、ミリヒ」
たとえおれを呼び戻したのが『世界』の為だとしても、いいんだ。
ミリヒが気にかけてくれているっていう事実が、嬉しい。
きっと、ミリヒにはわからないだろうけど、それはすごく嬉しいことなんだよって言っておきたくて、おれはミリヒに頭を下げた。
「ん? どうしたの急に......? こちらこそ。ありがとう、ジュタ」