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第62話 1人きりの夜

 そこにイザークが、すまない、取り逃がした……と落ち込みながら戻って来る。

「お義母さまお1人ですもの、そう遠くに行くとも思えませんわ。」


「ああ。領地の人間を集めて人狩りさせることにした。程なく捕まることだろう。」

 とイザークが言う。


 ここはまだお義母さまの所有している領地とはいえ、イザークはロイエンタール伯爵その人だ。ロイエンタール伯爵に捕らえるよう言われたら、いくら元ロイエンタール伯爵夫人とはいえ、ただでは済まないだろう。


「あなたはこのまま、お1人で暮らすおつもりですか?危険な可能性が高い。当分魔塔で暮らしたほうが良いのではないでしょうか?もちろん魔塔で暮らしていない人もおりますが、その場合特別な護衛魔法をかけられています。それがないと安全とは言えません。」

 フェルディナンドさまがそう提案する。


「……それよりも、うちに戻ってきたらどうだ?フィリーネ。」

 イザークがそう言ってくる。


「その提案には反対です。」

 フェルディナンドさまがぴしゃりと言い切る。冷たい眼差しでイザークを見ていた。


「フェルディナンドさま……。」

 私はイザークも心配して言ってくれているのだと思うから、そこまで冷たくすげなくあしらう気にはなれない。


 もちろん家に戻るつもりはない。私を馬鹿にしていた従者たちがそのままいるのだ。メイドも、代々仕えている家令もだ。


 イザークがいくら態度を変えたとしても、その事実は変わらない。居心地が悪いことこの上ないと思うわ。少なくとも全員入れ替えて、そこでようやく考えるレベルだ。


 私がそうして欲しいと言えば、今のイザークはそれをするかも知れない。もしもそうしてくれたら、私はどうするだろうか?それを少し考えたけれど答えは出なかった。


「……私は魔塔に来ることを勧めるよ、ロイエンタール伯爵夫人。」

 フェルディナンドさまが私の手を握ってくる。その手はどこまでも優しかった。


「今この領地で君が1番安全なのは、他ならぬ私の庇護下にいることだ。それは君も分かっていることだろう?」


 イザークの言葉に私は頷く。

 それに満足したのか、イザークがフェルディナンドさまと反対の手を握って微笑んだ。


 私はソファーの上に座り、両サイドから手を握られて困惑しながら、その手を振りほどくことも出来ずに、目線をどちらに向けていいかもわからないまま、前を向いていた。


「どうしても私と暮らすのが嫌であれば、ロイエンタール伯爵家から護衛を送るという手段もある。君がそれで納得するのなら護衛をつけて1人暮らしするというのはどうだ?」


 とイザークが提案してくる。

「それは……ちょっと……。」

 あの村で暮らす限り、護衛なんてつけて生活しようものなら目立ってしまうだろう。


 護衛をつけるのであれば、あくまでも町に暮らす前提の話だ。町であれば護衛を連れて行動している貴族は珍しくもない。


 その中に紛れるから、普通に暮らしていもいかれる。だけど私はあの村で、あの家で暮らしたかったから、護衛をつけて生活というのは、1番ない選択肢だった。


「君の安全を守りたい私としては、ご主人の側にいないこと、そしてそもそも君が1人で暮らさないことを勧める。けれどどうしても、と言うのなら……1つだけ方法はある。」


 フェルディナンド様がイザークと私を交互に見ながらそう言う。

「どうする?フィリーネ。」

 イザークの言葉に、私は少し考える。


「それは、どのようなことでしょうか?」

「魔塔に所属している賢者たちは、魔塔に暮らしている人間もいれば、暮らしていない人間もいる。それは先程君に伝えた通りだ。」


「はい。」

「では魔塔で暮らしていない彼らは、どうやって暮らしていると思うかい?」

「わからないです……。」


「魔塔でなく、それぞれの自宅で暮らしている賢者たちは、保護魔法をかけられている。その魔法に守られているので、自宅で暮らすことも可能だというわけなのだ。」


「それを私に……施すことが出来る、ということでしょうか?」

「ああ。そういうことだ。」

「でしたら、それをぜひ……!」


「だが、ことは簡単ではない。魔塔の賢者が持たされている腕輪は、緊急時の救援信号が出せるものではあるのだが、位置の特定が出来るものではないというのは説明したな?」

「ええ。」


「位置の特定には別の魔道具が必要になる。それすらも、魔力の波長を特定するのに時間がかかるのだ。だから今回君をすぐに探すことが叶わなかった。保護魔法を君にかけるのにも、やはりかなりの時間が必要なのだ。」


「そうなのですね……。それは……どのくらいの時間が必要になるのでしょうか?」

 その間だけ安全なところにいればいいわ。


「少なくともひと月。その間君は無防備になる。それが過ぎればどこででも生活可能だ。だが、あくまでも防げるのは対人の攻撃のみだ。例えば予想外の事故などは防げない。」

「と、言いますと?」


「例えば過去の例で言うのなら、相手がわざと馬に鞭をうって、暴走した馬車が突っ込んで来たことがあった。そういうのは防御魔法では防げない。もちろん行動が防げないというだけで、馬車の衝撃を防ぐことは出来る。」


「それでしたら、あまり問題はない気がしますね。もしも同じことになったとしても、私に馬車で危害を加えることは不可能だということになりますから……。」


「……だが問題もある。2階から植木鉢を落とされた際、防御魔法のおかげで本人は無事だったが、防御魔法で弾かれた植木鉢に当たって怪我をした人が出た。そう言う問題点もあるんだ。君はよくても、君のそばにいる人間が巻き込まれて怪我をする可能性はある。」


「それは……確かに怖いですね。どの程度の範囲が守られているのでしょうか?」

「馬車に乗って移動した場合を前提として、馬車が包み込める程度の大きさだな。」


「では、真横にいた場合は、その人も一緒に守られる、ということでしょうか?」

「もちんろんそうなるな。」


 なんとなく防御魔法の仕組みがわかってきた気がする。つまり私の周囲を囲むように、半円状の、または四角い安全地帯が出来上がる、ということになるのだろう。


 私がフェルディナンドさまと、防御魔法の仕組みについて話していると、イザークが不思議そうに話に割って入ってきた。


「その……、先程から聞いている話で、聞き捨てならない言葉が聞こえたのだが……。

 魔塔の賢者というのはどういうことだ?まさかフィリーネが魔塔の賢者とでも?」


「君は、ご主人に話していなかったのか?」

「離婚するつもりの夫に、話す必要性を感じませんでしたもの。」


「では、本当にフィリーネが、魔塔の賢者だということ……なのか?」

 イザークが驚いたように言う。


「ええ。先日新たに認められました。彼女は新しい魔法を作り上げた。その優秀さを認められたのです。」

 フェルディナンドさまがイザークに言う。


「……お母さまに知られる前で良かったな。もしも知られていたのなら、離婚だなんだとは決して言い出さなかっただろう。魔塔の賢者は栄誉職だ。縁戚にいるだけでも誇れる存在だ。それこそ君を社交に引っ張りだして、その傍らに立ち、自慢して回るのに使おうとすることだろう。お母さまはそういう人だ。」


「そうですね、それは私もそう思います。だから知られるのでれば、離婚後が良かったの。あの義母が悔しがる顔が、きっと見られる筈でしょうから……。」


「君を手放した後に知ったら、恐らく歯噛みするだろうな。あれだけ王族との縁戚にこだわっていた両親だ。王族との縁戚に継ぐ名誉を目の前にして、放って置く筈がない。」


 イザークもそう頷いた。

「君が社交をしなかったのも、魔塔の研究があったからとかなんとか、言い訳をつけて、今まで自分が遠ざけさせようとしてきたことを、巧妙に隠して喧伝することだろう。」


「だと思います……。」

「どこに逃げたのかわからないが、お母さまには決して知られないようにしなくてはならないな。私が黙っておけば、それで済む話なのならいいのだが……。」


「……問題は、防御魔法がかけられた後でしょうね。どこかで襲われて防御魔法が発動すれば、防御魔法などというものが施されている人間は、それは魔塔の賢者であると、わかる人間にはわかってしまう話です。」

 とフェルディナンドさまが言った。


「お母さまはそういうことには詳しくない筈だが、もしもまた何かしかけてきたとして、君に防御魔法が発動することがあれば、それがなんであるのか、それが発動する為の条件がなんであるのかについて、どんな手を使ってでも調べることだろう。そういう伝手にはことかかない方だよ、お母さまは。」


 私は粘着質な義母の姿を思い出して、ブルリと身震いをした。私がロイエンタール伯爵家で1番関わりたくないのは義母だ。魔塔の賢者になったことで、義母に一生まとわりつかれると考えると恐ろしくなる。


「貴族の結婚、離婚には、王家の許可が必要だ。魔塔には王家も感心を寄せているが、教会同様に不可侵領域のひとつだ。

 だが、そこに我が国の貴族が縁戚として名を連ねているとわかれば、縁を切らさないよう、王家が離婚に反対してくる可能性もあるだろうな。……そしてそうなるように、お母さまが進言することは想像にかたくない。」


 私はイザークのその言葉を聞いて、少し不思議に思ってイザークをじっと見つめた。

「なんだ?」


「イザークにとっては……そのほうがよいのではないの?だって私と離婚する可能性が潰れるわ。あなたがそれを、お義母さまと同じようにやることでも、私は身動きが取れなくなるわ。私は王家がそんなに魔塔の賢者に興味を持っているということを知らなかった。

 だから悔しがらせる為だけに、離婚後に知らせようと思っていた程度だったわ。でも、あなたに離婚前に知られるのも、まずいことだったんだって、今、思っているのに。」


 それを聞いたイザークは、困ったように眉を下げて微笑んだ。

「……私は、君の意思で離婚を取りやめて欲しいと思っている。無理やり婚姻関係を続けられたとしても、君の心は手に入らない。」


「イザーク……。」

「嫌がる君を引き止めても、それは君との心の距離が、より広がるだけだと思うよ。だから、そういうことはしない。安心してくれ、と言っても、無理だろうか……?」


「いいえ……信じるわ、イザーク。」

 初めて、イザークと心からの言葉のやり取りを交わせたような気がしていた。それが離婚についてだなんていうのは皮肉だけれど。


 胸に広がる温かい気持ちは、いったいなんなのだろうか。イザークが恋しいとか、そういうのとは、違うと思うのだけれど。


「ひと月だ。ひと月の間、魔塔で暮らして欲しい。その間に、防御魔法が発動するよう、私は動かせてもらう。それか、その間護衛をつけて暮らすか、ご主人のいる家で暮らすかだ。君はどうしたい?ロイエンタール伯爵夫人。選ぶのは君だ。」


「私、既に絵を描く仕事を引き受けているんです。それを放って魔塔には行かれません。

 かと言って、護衛をつけてあの村で暮らしたら、とても目立ちます……。」


「では、どうすると?」

「どこか町に家を借りて、通いで村に行って絵を描くしかないかと……。その間の護衛をイザークにお願いすることにするわ。」


「馬車で毎日村に通うのも、目立つんじゃないのか?あのアンの村だろう?馬車を持っているのはアンの夫のヨハンだけの筈だ。」

「それは確かにそうなのだけれど……。」


 馬車で毎日通っているところを村の人たちに見られたら、それはかなり目立つことだろう。何より辻馬車の御者の口から、そのことが漏れないとは言えないと思った。


「ではこうしよう。ロイエンタール伯爵家の従者をここの領地の人間と全員入れ替える。領地の従者たちは母に仕えていた人間だが、ここに来たことのない君の顔を知らない。いちから主従関係を築く事ができるだろう。」


 私はイザークの提案に目を丸くした。

「……でも、お義母さまが従者たちに何か言っているかも知れないわ。私に対する愚痴だとか……。だってあのお義母さまよ?」


 だとしたら意味がない。人間が入れ替わっただけで、私に対して見下してくる従者たちが大勢いる環境になるというだけだ。


「たとえそうだとして、私が君を大切にしているさまを最初から見ていれば、そんなものは母の妄想だったと切り捨てられる。ロイエンタール伯爵と、元伯爵夫人では、どちらにつくのはか自明の理だ。」


「だけど……。」

 私は逡巡していた。今手元にお金がないから、どこかの町で家を借りるのはあまり現実的じゃない。そのお金をイザークに借りたくはなかった。絵を描くことを諦めれば、魔塔にこもるのが1番簡単なことだ。


 それにロイエンタール伯爵家の馬車であれば、御者から私が村に通っていることが、誰かに伝わることはないだろう。村の近くで降ろして貰えば目立たない。でも……。


「ロイエンタール伯爵家から村の入口まで馬車で送り届けて、村の中は中で護衛をつければいい。ロイエンタール伯爵家の騎士が嫌なのであれば、もしも君に心当たりがあれば、その人に頼んでも構わない。」


 ……村の中で護衛を頼むのであれば、レオンハルトさまに頼むのが1番自然だわ。レオンハルトさまは村人だから、一緒にいたところで、護衛されているとは気付かれない筈。


 実際村に来たばかりの頃、レオンハルトさまに案内されている私を、村人たちが見ているし。その延長線のようなものだわ。……レオンハルトさまと親しくなったのだと、少し勘違いはさせるかも知れないけど。


「──わかったわ。そこまでしてくれるのであれば、私、1度家に戻るわ。だけど、入れ替わった従者たちの態度が同じになるのであれば、私はすぐにでも出ていくわ。」


「ああ、それで構わない。」

 イザークはホッとしたようにそう言った。

 結局のところ、イザークのそばか、魔塔にいるのが1番安全なのだ。


 あとは私自身の気持ちの問題だ。イザークと短期間一緒に暮らしてでも、絵を描くことを取るか。私は絵を描く仕事を諦めたくはなかった。そうなると答えはひとつだった。


 防御魔法もない状態で村に住みたいというのは、ただの私の我がままだ。魔塔の賢者になってしまったことで。ううん、そもそも特殊な絵が描けることがわかった時点で、私が村で1人暮らしをするということが、かなり無理なことだったのかも知れない。


「では、防御魔法を施す為に、まずは1度魔塔に来て欲しい。君の魔力の波長の登録も、急がせないとならないしな。」


「わかりました。……我がままを言って申し訳ありません。ありがとうございます。」

 そして、フェルディナンドさまの手を握り返した後、ゆっくりと頷いた。


「明日は村の人の絵を描く約束をしていたので、1度村に戻って、そのことを伝えて来たいのですが、よろしいでしょうか?」


 私がフェルディナンドさまに尋ねると、

「それは私のほうでヨハンに使いを出して、ヨハンから村人に伝えてもらおう。防御魔法を施すのは、少しでも急いだほうがいい。今村に戻るのは正直危険だ。」


「わかったわ……。じゃあお願いします。」

 結局アルベルトの家には、イザークづてにヨハンに行ってもらうことになった。


 私はフェルディナンドさまとそのまま魔塔に向かうことになったのだった。魔塔に到着すると、フェルディナンドさまは自身の執務室に案内してくれた。例によってエイダさんが、私たちを2人きりにさせないよう、お茶を持って来てそのままその場に残っている。


「エイダ、これからロイエンタール伯爵夫人のプライベートに関わる話をするから、盗聴防止の魔道具を使用する。君がここにいるわけだから、下手なことは出来ないとわかっているし、それで問題はないな?」


「はい、かしこまりました。」

 エイダさんがそう言ってうなずいた。

 フェルディナンドさまは私に盗聴防止の魔術具を渡すと、話を始めた。


「まずご主人の側にいる限り君は安全だ。」

「はい。」

「けれどね……それはあくまで命の危険という意味でだけだ。ご主人が君に対して、……その、性的な感情を抱いている以上、君はご主人の庇護下に入るべきではない。」


「それは……。」

 イザークが家に行った私に、何かすると考えているのだろうか?確かに私たちはまだ離婚していないから、夫婦の義務というものも存在するけれど……。


 今のイザークがそれを要求してくるとは、私には思えなかった。……私、イザークを信用し始めているのだろうか?他人から見たらイザークは信用出来ない夫ということ?


 私は自分自身の心がわからなくて、思わず首を傾げる。だけど心の霧は晴れなかった。

「ああ。彼は君を愛しているわけではない。ただ、自分のものにしたいだけだ。」


「そうでしょうか……。」

 フェルディナンドさまが、そんな風にイザークを思っているとは知らなかった。


「そもそも君はご主人を愛していないのだろう?それなのに、彼は離婚を拒んでいる。」

「……はい……。」

 私は頷く。確かにそうだけれど……。


「それなら、尚更だ。君は今、ご主人を庇護者として少し慕っているようだ。けれど、それは恋ではないし、愛でもないはずだ。」

「そう……ですね……。」


 私は今までイザークに恋をしていたわけではない。ただ、いつか夫婦として親しくなれる、愛情と信頼を築いていけると信じていたから……。だから私は頑張っていたのだ。


「だから君がご主人の側にいる必要はない。正直すぐにでも防御魔法がかけられるのであればそうしたかったし、今でも魔塔に引きこもってほしいというのが私の本音だ。」


「……はい。」

「それに、彼は君を自分のものにしたいだけだと言っただろう?なら、君が彼のものになれば、彼は満足する。つまり、君を手に入れれば他はどうでも良いんだよ。」


「そう……なのでしょうか……。」

 私は俯いてしまう。今のイザークは私を尊重しようとしてくれている気もする。だけど第三者視点から見ているフェルディナンドさまが言うのならそうなのだろうとも思えた。


「……だから、君が問題なく正式に離婚出来るよう、私も精一杯協力させてもらう。私はご主人に君を譲るつもりはないからね。」


 そう言ってフェルディナンドさまは、まっすぐ私を見つめてきた。

「だから明日からは忙しくなる。君を魔塔で1人にすることになるから、それについては私の方でも対応を考える。なにより君は襲われたばかりだからね。心細いことだろう。」


「ありがとう……ござます。」

 それ以外、なんと言っていいかわからなかった。イザークと口づけする私を見て、フェルディナンドさまは自分の気持ちに気が付いたとおっしゃった。


 そして今はっきりと、イザークに私を譲るつもりがない、とも。私はそれにどう答えたらいいのかわからない。


 私の身の安全の為には、今はフェルディナンドさまとイザークの力が必要だ。だからと言って、2人の気持ちにこのまま甘えていてもいいのだろうか?という気もしてしまう。


 そう考えるのは、私がイザークのことも、フェルディナンドさまのことも、どちらを選ぶという気持ちにもなれないからだろう。


 後で使いをやると言ってフェルディナンドさまが自室に籠もってしまったので、エイダさんの案内で私の為に用意して貰った部屋へと移動し、お風呂に入って、エイダさんがくれたパジャマに着替えて寝る支度をする。


 フェルディナンド様は……明日から忙しくなるとおっしゃっていた。きっと私に構っている暇はないのだろう。


「大丈夫、私は1人でだって眠れるもの。」

 そう呟いてみたけれど、襲われた時の恐怖からか、なんだか心細くて、私はベッドに入ったもののなかなか寝付けなかった。


 そこに、コンコン、と扉をノックする音。返事をしてみるとエイダさんだった。

「どうなさったんですか?」


 扉を開けると、エイダさんが腕に真っ白なウサギを抱えて微笑みながら立っていた。

「あの……そのウサギは?」


「この子はファルケンベルク卿の作られたペットのウサギです。女の子で名前はフィーです。魔法生物なのでフンとかはしませんし、エサは空気中の魔素を集めて勝手に食べます。これから防御魔法の発動の為にこもりきりになるので、相手をしてやれなくなるから、ロイエンタール伯爵夫人に、ここにいる間面倒をみてくれとおっしゃっていました。」


「そうなんですね……。わかりました。」

「──とかなんとか言ってましたけど、1人は不安で寂しいだろうからな、とか呟いてましたから、ロイエンタール伯爵夫人を1人にするのが心配だっただけだと思いますよ?」


 と、少しニヤニヤしながら、こっそりと耳打ちするようにそう告げてきた。

「フェルディナンドさま……。」


 私が不安で眠れないことを見越していたのだろう。自分の代わりにそばにペットを置くことで、私が寂しくならないようにしてくれたのだろと思うと、思わず胸が暖かくなる。


 思わずそう呟くと、ファルケンベルク卿にロイエンタール伯爵夫人が喜んでいたと、伝えておきますね!と言って、エイダさんは去って行ったのだった。


 ウサギの体温はとても高くて、そしてとても大人しかった。鼻をヒクヒク鳴らして、慣れない部屋の様子を伺っているかのようだ。


 ずいぶんと人に慣れているのか、それともまったく人見知りをしないのか。それがわかっていたから、フェルディナンドさまはこのウサギを私に預けてくれたのだろう。


 ウサギを抱いてベッドに入ると、一気にブランケットの中の温度が、温まったような気がする。ウサギは暫く落ち着く場所を探していたけれど、そのまま目を閉じて眠った。


 魔法生物なんて初めて見る。食事もフンもしないなんて、愛玩動物としてはかなり楽な生き物だと思う。エサをやる楽しみがないのは、少し残念な気もするけれど。


 だけど、名前がフィーって……。

 私の小さな頃のあだ名と一緒だけれど、これって偶然よね?そう思いながらフィーを撫でていると、段々と眠たくなっていつの間にか寝てしまっていたのだった。


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