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第67話 工房長一家との再会

「それじゃあ、これから工房長ご一家が絵のモデルになりにいらっしゃいますので、外での護衛をよろしくお願いいたしますね。」


「ああ、了解した。俺としては未だに、俺の家が駄目でも、ロイエンタール伯爵家か、魔塔にこもっていたほうがいいと思っているんだが、どうしてもな事情があるみたいだからな。精いっぱいつとめさせてもらうよ。」


「ありがとうございます。」

 魔塔も、私の部屋がすぐに準備出来るのであれば、もう少し悩んだかも知れないわね。


 魔塔に住んでいる方たちは、ご自分の研究室と部屋をお持ちだそうだけれど、既に部屋の割当は決まっていて、私が新たに住もうと思ったら、建物の拡張をする為に魔法をかける必要があるのだそうだ。


 そもそも魔塔の建物内部は魔法でつなげてあって、更にそれぞれの部屋は魔法で拡張してあるものなのだそう。


 それぞれの割当は既に決まっていて、新しく人が住むことになった際に、新しくその人の為の空間を作るのだとか。


 だからその準備が終わるまでの間、私が魔塔に滞在しようと思うと、誰かの部屋を借りて同居するほかないのだと言われた。


 エイダさんもフェルディナンドさまも、ご自分のところにくればいいとおっしゃってくださったけれど、そういうわけにもいかないもいのね。エイダさんはもちろんのこと、フェルディナンドさまと同居だなんて……。


 想像しただけで頬が熱くなってしまうわ。

 レオンハルトさまも気軽に同居を提案していらしたし、みんな他人と暮らすということを、気軽に考え過ぎではないかしら。


 ……確かに安全面という意味では、どちらもとても安心だけれど、別の意味で落ち着かなくて、正直気持ちが落ち着かないと思うわ。


 でも、結婚したら、そういう生活になるのね……。フェルディナンドさまも、レオンハルトさまも、私に気持ちを寄せて下さっていると思うけれど、私はこんな素敵な方たちと一緒に暮らすことに耐えられるかしら?


 フェルディナンドさまも、レオンハルトさまも、お2人とも私が嫌だと言ったら無理強いなさるようなことはないとは思うけれど。


 お2人と近い距離で過ごすことに、まだこんなにも緊張してしまうというのに、結婚して一緒に暮らすだなんてこと、……正直想像も出来ないわ。


 イザークと結婚してそれなりの年月が経つけれど、私は正直男性に慣れていない……と思う。一緒に朝食を取って、義務のような会話をして、貴族の義務として子作りをしていただけだもの。無理もない……とは思う。


 もっと社交にせいをだして、イザーク以外の男性とも交流することがあれば、そんなこともなかったかも知れないけれど。


 未だに積極的に来られると、どうしていいかわからなくなってしまう私を、レオンハルトさまがお嬢ちゃんと呼ぶのも、そうしたことが理由かも知れないわね、と思った。


 レオンハルトさまが家の外の木の影に姿を隠して、私は工房長一家がいらっしゃるのを玄関で出迎える為、外で待っていた。


 しばらくすると、工房長、その息子さん、アルベルトが連れ立ってやって来るのが見えた。軽く手を上げて笑顔を見せてくれた工房長に、私も手を上げて笑顔を見せる。


 その後ろで、アルベルトが頬を染めてはにかんでいた。……会うのはかなり久しぶりだけれど、2人っきりの時に迫られたことを思い出して、ちょっと緊張してしまう。


「やあ久しぶりだね。今日は3人で来ることが出来たよ。なかなか3人揃わなくて申し訳ない。これで少しは進めやすくなるかな?」


「いえ、なんとかなるのでだいじょうぶですから。でも、やっぱり揃った状態を1度は見れたほうがありがたいのは事実ですね。」


 うんうん、と工房長はうなずいた。

「今日は私が夕食も振る舞わせていただきますので、ぜひ食べていらしてくださいね。」


「それは楽しみだね。家族以外の手料理を食べるのなんて、久しぶりのことだ。ぜひごちそうになるとしようか。」

「はい、楽しみにしていらしてください。」


 早速絵を書く為に、3人に定位置についていただく。工房長は真ん中で椅子に座って。息子さんとアルベルトはその肩に手を置いて後ろに立ってもらう。


 3人が揃うのはこれが初めてのことだ。これでようやく手の位置のバランスが取れるわね。想像で描くとどうしてもズレてしまうから、今まで手は描けなかったのだ。


 私は3人揃っていないと描き辛い、肩に置かれた手からまずは描き始めることにした。

 少し描き進めて、疲れていらした様子を見計らい、お茶を入れて休憩していただく。


 今日1日でかなり描き進められたわね。私は絵を見ながら満足して微笑んだ。

 工房長たちがお茶を飲みながら休憩している間に、夕食の準備をすることにした。


 するとアルベルトがどこからともなくやって来て、手伝うよ、と微笑んだ。

「ありがとう。でも、あなたも休んでくれていていいのよ?疲れたでしょう?」


「だいじょうぶ。ずっとジッとしていたから、むしろ少し体を動かしたい。」

「そう?ならお願いしようかしら。」


 アルベルトは料理がうまいものね。今日のメニューはハンバーグだ。付け合わせにポテトサラダとコーンスープも作る予定でいる。


 まず、玉ねぎをみじん切りにして炒める。次にひき肉に塩を加えて粘りが出るまでよく混ぜ、タマネギ、パン粉、牛の乳、卵を加えてこねて、丸めて空気を抜いて形を整える。


「アルベルト、お皿を用意してくれる?」

「うん。わかった。」

 アルベルトが食器棚からお皿を取り出してテーブルに並べてくれた。


 フライパンに油をひいて熱し、ハンバーグのたねを入れて焼き色をつける。ひっくり返して両面を焼いてから皿に盛り付けておく。


 別のフライパンにオリーブオイルを引いて、スライスしたニンニクを弱火でじっくり炒めて香りを出したら、玉ねぎを入れて透明になるまで炒める。


 さっきのハンバーグを焼いたフライパンに残っていた肉汁を加えて、白ワインと、塩を入れて煮て瓶に詰めておいたトマト、塩コショウ、コンソメを煮込んで味を整えて、万能ソースの出来上がりだ。それを皿に盛り付けておいたハンバーグにかけていく。


 横でアルベルトが、付け合わせのポテトサラダとコーンスープを作ってくれている。

 相変わらず手際がいいわね。


「……こんな風に、いつもあなたと、一緒に料理が出来たらな。」

 アルベルトが突然そんな風に言ってくる。


 確かにアルベルトと一緒に料理をするのはとても楽しいわ。なんだか家族になれたような気にもなるしね。だけどアルベルトが言っているのは、……私と夫婦になって、という意味、なんだと思う。


 だけど正直そういう想像は、まだ誰とも出来ないでいる。私がそれを想像出来る日が来た時、それが私がその人を好きだということになるのかも知れないわ、と思った。


「そう……ね。アルベルトと一緒に料理をするのは、私もとても楽しいわ。」

 私はそんな風に曖昧に答えた。


「──それだけ?」

「え?」

「楽しい、っていうだけ?」


「ええ、そうよ?」

「俺はあなたといると、凄くドキドキする。

 ──ほら、今も。」


 アルベルトが、私の手のひらを自分の胸に押し当てた。ドッドッドッ……と、物凄い勢いで、アルベルトの心臓が鼓動を打っているのが、手のひらを通じて直接伝わってくる。


「ね?ドキドキしてるでしょ?」

「え、ええ。」

 なんと答えていいのかわからない。


 アルベルトがそのまま体を近づけてくる。私の腰に腕を回して抱き寄せられた。慌てて胸を押し返すけれど、アルベルトはびくともしない。


 アルベルトの胸はとてもたくましくて、服の上からじゃわからない男らしさを感じる。ドキドキして真っ赤になるのを、誤魔化すように私は思わず下を向く他なかった。


「……っ!」

「あなたは?俺と一緒にいると、ドキドキする?だったら嬉しい。……あなたと会えなくてさみしかった、ずっと。」


 どうしよう、2人っきりになった途端、こんなことになるなんて……!アルベルトの唇が頬に触れた。私はぎゅっと目を閉じる。

「アル……。」


 アルベルトが私の手を持ち上げて、その指に口づける。そしてそのまま私の目を見つめて言った。吸い込まれそうな、アルベルトの瞳が揺れている。


「……こうされるのは、いや?」

「あ、あの……私……。」

 私は突然のことに動揺して、うまく言葉が出てこない。


「わかってる。まだ俺のことが好きじゃないことくらい。」

 そう言ってから、少し間を置いて続ける。


「……だからせめて今だけでも、俺の気持ちを受け入れてもらえないかな?」

「……アルベルト。」


「俺は、あなたが好きだ。……多分、ずっと前から。だから、もしあなたも俺を好きになってくれるなら……、俺だけを見て欲しい。」


「アルベルト……」

 私はどう答えていいのかわからないまま黙っていた。


「ごめん、困らせたいわけじゃないんだ。でも……考えてみて?俺とのことも。」

 そんなの考えたこともなかったわ。だけどそれをそのまま伝えるのも違う気がするし。


 私が困っていると、アルベルトが私の手を離して、ハンバーグを盛り付け終わったお皿を階下に持って行く為に移動した。


 それを呆然と見送りながら、私は今起こったことを反芻するのだった。いったい何が起こったの?アルベルトに抱きしめられて……頬にキスまでされて。


 突然あんなことをされて驚いたけれど、でも嫌ではなかったし……むしろちょっと嬉しいと思ってしまったわ。


 私が困っていたら、無理にそれ以上のことをするのはやめてくれたから、私も抵抗するとか考える間もなかった。


 若さ故なのか、とても性急で強引にも感じる。大人しそうに見えて、うちに秘めた情熱を持っている。……そういうところが、なんだかとてもアルベルトらしいわね。


 それにアルベルトは、私が本当に嫌がることはしようとしない。そのことに気が付いた時、私はとても驚いたのだった。


 私が社交が苦手になった理由のひとつとして、今まで私に関わってこようとしてきた男性は皆、最終的に体を求めることが多かったから。だけどアルベルトは違うのね。


 ふと思い出す。そういえばフェルディナンドさまも、レオンハルトさまも、ヴィリも、シュテファンさまも、そうだったなと。


 私に定期的に触れてくる男性といえば、夫のイザークだけだったから、これまで気が付かなかったけれど、あの方たちも無理強いはしなかったわ……と思った。


 だけど今すぐアルベルトの想いには応えられないわ。だって私にとっては、他の男性たちも気になる相手だから。まだ誰が特別ということもないから、アルベルトが特別になる可能性だってなくはないと思う。それがいつになるかはまだわからないけれどね。


 結局私はアルベルトに何も言えなかったけれど、嫌がっているわけではないことは伝わっただろうか。……伝わったわよね?


 でも、私を好きだと言ってくれる気持ちは嬉しかったし、きちんと私の気持ちは言ったほうがいいわよね?


「ありがとう、アルベルト。まだあなたの気持ちには応えられないけど……、あなたのことも、真剣に考えるわ。」


 私は階下に降りて行こうと、アトリエに通じる扉を開けたアルベルトの背中に向かってそう声をかけた。するとアルベルトが振り返って微笑んだのが見えたのだった。


 夕食の席では、私の料理の感想を口々に言ってくれたり、みんなの最近の暮らしぶりを聞いたりして楽しい時間を過ごした。


 食事を済ませて食後のお茶を飲んでいる時に、ふと思い出したことを質問してみた。

「そういえば、ここの村の方々は、1度に集まる機会などはないのでしょうか?」


「祭りの時くらいだな……。それがどうかしたかね?」

 工房長がフォークとナイフを手にしたまま、きょとんと首をかしげる。


「私、まだこの村にいらっしゃる全員にご挨拶が出来ていないので……。どこかでお目にかかれる機会があればなと思いまして。」


「ああ、そういえばそうだったね。確かレオンハルトさんに村を案内してもらっただけだったか。ふむ……。」

 工房長が顎をさすりながら思案する。


「はい、そうですね。皆さん農作業に忙しそうで、お声がけするのも憚られて……。ですが新しくこの村に住むことになったのに、いつまでもご挨拶しないのもおかしいですし。」


「……まあ、小さな村だからね、全員が顔見知りではある。少しでも早く挨拶したほうがいいだろうな。あなたの存在は気になっているだろうが、皆自分から声をかけてこないだろう?あれは紹介されるのを待ってるんだ。」

 工房長が人差し指を立てながら説明する。


「そうなのですか?」

「滅多にあることじゃないが、この村に移り住んでくる人間がいることもある。そんな時は村長から紹介されることになっている。」

 アルベルトのお父さまがそう言った。


「では、まずはその村長さんにご挨拶をしたほうがよろしいですね。村長さんは、どちらにお住まいでしょうか?」


「それが最近屋根から落ちて大怪我をして以来、体調を崩していてね……。滅多に村に顔を出さない。だからあなたのことは報告していたが、あなたを紹介する役目を果たすことが出来ないでいたんだよ。」

 眉を下げながら工房長がため息をついた。


「屋根から……!?それは大変でしたね。治りが悪いということでしょうか?」

「医者の見立てじゃ、内臓を損傷した可能性があるらしい。それは薬では治らないと。」

 アルベルトのお父さまが目線を落とした。

「そんな……。」


「回復魔法使いか、聖魔法使いに頼むことが出来れば治るそうなんだが、それにはとてもお金がかかるんだ。ヨハンのおかげでだいぶ楽になってきてはいるが、それでもこんな小さな村だ。そこまでのお金は誰にもない。」

 工房長はそう言って頭を振った。


「──魔法で治るんですか?」

「ああ。それか、おそらくエクストラポーションがあれば治るそうだよ。だがどちらにしてもかなりのお金がかかる。村長を治すのは難しいだろう……。」

 そう言って工房長も目線を落とす。


「……それ、私にどうにか出来るかも知れません。どうか1度私に任せていただけませんか?村長のお体が治れば、村の方たちに私を紹介してくださるでしょうし。」


「紹介するというだけであれば、村長の代理をたててもらって、頼むことも出来るが?」

 アルベルトのお父さまがそう提案する。


「いえ、私でお役に立てそうなことなんですもの。せっかくなら、村長の怪我を直して、その上で村長から紹介いただきたいです。」


「ふむ……。」

「明日、図書館に行ってまいります。大変申し訳ないのですが、明日のお約束はなかったことにさせていただけませんでしょうか?」


「──図書館?なぜ、図書館に?」

 工房長が首をかしげる。

「図書館には、数多くの魔法を集めた書籍があります。そこで回復魔法か、聖魔法の魔法陣を調べて来ようと思います。」


「……だが、調べただけでは、どうにもならないんじゃないのかね?魔法は素養がなければ使えないと聞く。それともあなたは、回復魔法か聖魔法の使い手なのかね?」

 少し詰問するように、アルベルトのお父さまが私に質問をしてくる。


「いえ、そのどちらでもありませんが、使う為の方法を持っているのです。私の魔法絵を先日鑑定に出してくださいましたよね?」

「ああ。そうだね。魔法絵師と認められたと、うちの工房にも連絡が来ていたよ。」

 工房長がうなずきながらそう言った。


「私の魔法絵は、絵に描いたものが飛び出すだけでなく、効果を発動することが出来るものだったのです。先日試しましたが、防御の魔法陣を使って、防御魔法を発動させることが出来ました。回復魔法と聖魔法も、同様に発動させることが出来ると思います。」


「なんと……!それが本当なら、ぜひともお力添えをお願いしたい。村の連中も、みんな村長のことは心配しているが、どうにもしてやれずに歯がゆかったんだ。」

 工房長が目を輝かせた。


「なら、俺も絵を描くのについて行っていいかな。そのまま村長の家に行こう。最近村長はなかなか人に会ってくれないんだ。」

 アルベルトが私を見てそう言う。


「おお、そうだな。──村長は小さい頃からアルベルトをかわいがってくれていたから、アルベルトだけには会ってくれると聞いています。私らも会うことがかなわんのです。」

 工房長がアルベルトを見てうなずき、私に向き直ってそう言った。


「そうなのですね……。わかりました。明日アルベルトと共に図書館で魔法陣の絵を描いて、そのまま村長の家にご挨拶に伺おうと思います。」


「どうか村長をよろしく頼む。」

「はい、なんとか出来るよう、必要な魔法を調べてきますね。」

 私はうなずきながらそう言った。


 そしてふと、レオンハルトさまは夕食はどうなさったのかしら?と気になった。夕食を終えて工房長一家が帰宅し、私は外に出てレオンハルトさまに声をかけた。


「──終わったか。何も問題はなかったぜ。今のところ、怪しい人物は誰も周囲にいなかった。今日のところは、まだお嬢ちゃんの居場所はバレてないてこったな。」


「そうですか。ありがとうございます。ずっと外にいて寒かったのではないですか?温かいコーンスープとハンバーグがありますから、よろしければ召し上がっていかれますか?」


「本当か?それはありがたいな。しっかりと外套をきこんではいたが、やはりまだこの季節、夜は冷える。だいぶ体が冷えちまって、温かいものはそれだけで助かるよ。」


「どうぞ、上がってらしてください。」

 私はレオンハルトさまを家にあげ、残りのハンバーグ焼いて、コーンスープと、付け合せのポテトサラダと、パンを準備して、レオンハルトさまの待つテーブルに運んだ。


「ふう、生き返るな。」

 温かな部屋の中で外套を脱いで、私の出した紅茶で一息ついているレオンハルトさま。


「本当にありがとうございました。どうぞ、召し上がってください。」

「おお、うまそうだ。」


 そう言って、モリモリとハンバーグを頬張りながら、パンをかじるレオンハルトさま。やっぱり騎士さまは食べ方が豪快ね。


 工房長一家とは、時間をかけてゆっくり食べた夕食が、あっという間にレオンハルトさまの胃袋へと消えた。


「よろしければ、護衛が終わったら、毎回夕食をお作りしましょうか?工房長一家がいらっしゃる際は料理を振る舞う予定でいますから、1人分多く作るのは、そう対して手間もかかりませんし。」


「そりゃ嬉しいな。毎回お嬢ちゃんの手料理が食べられるわけか。──こりゃ、予想外に約得な仕事だったな。」

 とレオンハルトさまがニヤリとする。


「……私の手料理なんて、たいしたお礼にもなりませんよ?」

 私は思わず恥ずかしくなってそう言った。


「わかってないな。お嬢ちゃんが作るからいいのさ。……あんたが作るものなら、俺はなんだって嬉しい。こうして2人でテーブルを囲めることもな。いつまでだって、こうしていたいと思っているくらいさ。」


「そう言っていただけるのは、嬉しいですけど……。」

 そこまで料理を喜んでくれるのは、正直恥ずかしいけれど、嬉しいとも感じる。


 私が作るのならなんだって嬉しいなんて、言われて嬉しくない女性がいるだろうか?

 もっと作ってあげたいと、そう感じた。


「そろそろ、ロイエンタール伯爵家から、迎えの馬車が来るんじゃないのか?」

「あ、そうですね。そろそろ行かなくちゃ。」

「村の外まで送っていこう。」


 レオンハルトさまが、村の入口の外まで送ってくれる。そこにちょうどロイエンタール伯爵家の護衛が御者を兼ねてやって来るのが遠くに見えた。馬車の明かりがゆっくりこちらに近付いてくる。


 別にこれで最後というわけでもないのに、私はなぜだかこの場を去りがたいと思っていた。またあの家に帰るのだ、と思うと、このままこの村にいたい、と思った。


 それはレオンハルトさまが近くにいらっしゃるからかも知れない、とも。なぜだか、このまま離れるのが嫌だと感じた。


「明日はアルベルトと、村長さんのお怪我を治す為に、図書館に行く予定です。護衛をお願いするとしたら、村に戻ってから、村長さんのところに行く時からになりますが、アルベルトと一緒に行く予定なので、こっそりとついて来ていただくことは可能ですか?」


「村長の家に?」

「まだ、村の方たちに紹介いただいていないので、村長さんのお怪我を治して、紹介いただこうと思いまして。」


「ああ、怪我してから、外に出ていないんだっけな。お嬢ちゃんの絵は、魔法陣を描けば魔法を呼び出せるんだったな。それで、回復魔法か聖魔法を描こうってことか。」


「ええ、そのつもりです。」

「なんでまたそれで、絵の具工房のお坊ちゃんが一緒について行くことになったんだ?」

 レオンハルトさまが首をかしげる。


「村長さんが、お怪我をされてから、人に会おうとされないらしくて……。アルベルトが一緒であれば、会ってくれるだろうということでした。それで、です。」


「なるほどな……。それにしても、あのお坊ちゃんがお嬢ちゃんと2人っきりで、デートすることに代わりはないわけだ。

 ……正直、妬けるな。」


 少し辛そうに眉間に皺を寄せてそう言ってくるレオンハルトさま。思わず胸がドキリとはねた。息が苦しくなってくる気がする。


「な、何を言ってらっしゃるんですか!アルベルトとデートだなんて、そんな……。」

 私は思わず顔をそむけた。


「お嬢ちゃんにそのつもりはなくとも、あのお坊ちゃんはそのつもりだと思うぜ?そう思ってる男があんたの近くにいるんだ。そりゃあ嫉妬もするってもんだろう?」


「……。」

 なんと答えていいかわからない。アルベルトは私に自分とのことを考えて欲しいと言ってきた。それなら私と出かけることにも、特別な意図を持ってのことかも知れなかった。


「ちょっといじめ過ぎたか?そんなに困った顔をしないでくれよ。キスしたくなる。」

 と真面目くさった顔で言った。


「は……!?」

 思わず真っ赤になる。アルベルトといい、レオンハルトさまといい、私の近くにいる男性たちは、少し大胆過ぎやしないだろうか?


「冗談だ、半分だけな。」

 そう言って、レオンハルトさまは私の手を取ると、手の甲に軽く口付けた。


「レ、レオンハルトさま……。」

「今はまだこのくらいにしておくよ。それじゃあ、また明日な。」


 そう言って手を振って去って行くレオンハルトさまの後ろ姿を見つめながら、私は熱を帯びたような手を握って、なかなかレオンハルトさまから目を離せないでいた。


 ようやく村の入口についたロイエンタール伯爵家の馬車から降りた護衛に声をかけらても、私は暫くボーッとしていたのだった。


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