目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第46話 ヒュドラのゴーレム

 ───凄い天井が広い部屋だな。床から65フィートくらいはあるはずだ。


 部屋に入った途端、そう思ったアルウィン。


 静寂と血の臭いに包まれていた部屋に、かつかつと三人の足音が木霊する。

 この部屋には何も無いが───周囲に充満しているのは金属の臭気と焦げた匂い、つまり、死の匂いだった。


 ───この血のキツさからして、恐らく先程までこの部屋にいた冒険者は戦って命を落としたのだろう。油断なんか微塵も出来ないってわけだよな。


 互いに目配せをし、剣をぎゅっと握ったアルウィンとオトゥリア。


 扉の先で鎮座していたのは、初日の最後に戦ったような強化された特殊な遺跡兵ゴーレムだった。

 しかしその姿は、騎士の姿でも竜の姿でもない。

 暗闇に煌々と浮かぶ光は全て数えると18個に及ぶ。

 ガチガチと身体を鳴らしながら、するすると這い寄る巨体のシルエットはとても大きかった。


「こ、これは伝説の……九頭蛇ヒュドラの姿を模した遺跡兵ゴーレムだね」


 驚きのあまり、僅かに裏返ったオトゥリアの声。

 79層で待ち構えていた守護者ガーディアンの正体は、九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムであった。

 アリアドネは「魔力探知を使うわ」とだけ告げて九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムの観察を始めた。


 九頭蛇ヒュドラとは、大河や湖沼などに住むとされる系統不明の古龍級生物である。大蛇が突然変異で頭が9つに分裂した個体とも、大蛇とは別種の生命であるとする説もある強力無比な生物だ。


「体液には強力な酸性の液体が含まれてるわ。近接攻撃を行うと高確率でその酸を浴びてしまうから、アルウィンとオトゥリアは注意が必要よ。

 あと……原種の話だけど、再生能力が異常に高いのもこの魔獣の特徴だわ。これはそれを模しているかもしれない」


 分析をしてくれていたアリアドネがそう告げる。


「討伐するためには、この九頭蛇ヒュドラの9つの頭を全て斬り落とさないといけないわ。

 だけど……この頭は再生力が高く、一度斬り落としても数秒で頭部が元通りに回復してしまう。

 それを防ぐ為には傷口に炎や氷などの魔法をかけて再生を阻止する方法があるわね」


「全て斬り落とさなきゃならないし……復活されないように素早く行う必要があるのか。厄介そうなのが来たな……」


 アルウィンは溜息混じりにそう言った。


「戦い方は実際の九頭蛇ヒュドラと同様なのか、はたまた姿を模しただけの全く別の攻撃方法を採ってくるのか……どうなのかしら」


 それは、過去の騎士団の記録を熟読していたオトゥリアのみが理解出来ていた。


「アルウィン、アリアドネ……私は知ってる!

 あの遺跡兵ゴーレムの特徴は口から発射される酸性の液体と熱を帯びた光線だって!酸性の体液は無いっぽいけど、その代わり遠距離攻撃が厄介らしいよ。

 それと、通常の九頭蛇ヒュドラと同じように頭部は幾度斬ろうと再生するらしいから、九つ同時に斬り落とせなければ魔法を使って再生を阻止しないといけないみたい」


「マジかよ。

 オレは氷魔法を使えば阻止出来るはずだ。だから、オトゥリアのサポートをアリアドネがやる形になるのか?」


 剣を向け、いつでも駆け出せるアルウィンがオトゥリアに目線を向けた。

 その時、アリアドネが二人に声を掛ける。


「多分こいつ、上手くタイミングが合えば一撃だけで討伐出来るわ」


 予想外の発言。

 その言葉に、アルウィンとオトゥリアは互いに顔を見合わせる。


「あたしの風魔法に〝乱風刃エアロブレード〟というものがあるわ。一定範囲内に風属性の小さな斬撃を幾つも発生させる魔法よ。

 それをかなり魔力を込めて一撃一撃の斬撃の威力を高めてあげると、一気に全ての首を落とすことが出来そうね。だから、アルウィン、オトゥリア。あんた達には全ての首の位置を誘導してもらいたいの」


 その表情は、自信に満ちていた。


「乗った。その技の範囲はどのくらいだ?」


「威力が最大になる場所はだいたい30フィート四方の立方体を3つ隣り合わせるくらいね」


「縦30、横90、高さ30って所か。

 アリアドネ、あの巨体を拘束する魔法とかは使えるのか?」


「あの巨体には私の魔法でなら、十秒くらいの時間稼ぎ程度なら出来るでしょうね」


「悪くない。その間でオレとオトゥリアが懐に潜り込んで全ての頭を誘導する」


「ちょっ、アルウィン。どっ、どういう事!?」


 すかさずアリアドネの作戦を理解したアルウィンだが、オトゥリアにはその作戦がちんぷんかんぷんのようであった。


「オトゥリア。

 オレ達がするべきなのは、あの九頭蛇ヒュドラの頭部を誘導して揃える事だ」


「うんうん。それは解るよ」


「で、揃える時に許される誤差についてがアリアドネの言った内容だ。

 オレたちから見て縦方向、つまり奥行に30フィートまで、横方向、オレたちの正面側は90フィートまで、そして高さも30フィート以内に全ての頭を揃えなきゃならないんだ」


「なるほど……計算は苦手だけど、一応理解出来たよ」


「オレ達が取るべき行動としたら、左右に別れて九頭蛇ヒュドラの全ての頭を惹き付けることなんだ」


 コクコクと頷くオトゥリアに、アルウィンは更に続ける。


「全ての頭を誘導することが出来たら、オレとオトゥリアで同時に中央に戻る。

 その時に縮地を使って九頭蛇ヒュドラの攻撃範囲の外側に避難するんだ。じゃないとアリアドネの攻撃にオレらも当たることになるから」


「そうだね。とりあえず乗るよ。同時に左右から9つの頭を誘導しよう」


 親指を突き出して、アルウィンに了解の意を伝えるオトゥリアと、「オトゥリアもその気なら問題ないわ」と承諾したアリアドネ。


 三人は互いに視線を交錯させると、それぞれの持ち場へと駆けだしていた。

 アリアドネは部屋の中央へ、アリアドネは右前方、オトゥリアは左前方へ向かったのである。

 そしてそのまま。

 アリアドネの身体からは膨大な魔力が放たれたのだった。


「〝捕縛蔦リストレインアイヴィ〟ッ!!」


 九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムの後ろの床が、風に吹かれて薫りを放つ新緑の光に包まれていた。

 眩い光は獰猛な幾本もの蔦となり、それが互いに絡み合うことで太く強力な一本のロープのような形状に変化していった。

 そのロープはどんどんと長く太くなる。

 そしてミシミシと音を立てながら、遂に九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムの強靭な尾に迫り───絡みつかんと、まるで鎌首をもたげる蛇のように九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムの尾に即座に絡み付いた。


 と同時に駆け出した、アルウィンとオトゥリアの連携された姿。

 それぞれの頭部から繰り出される熱線を魔力感知で見切りながら駆け抜けるアルウィンと、魔力を付与した剣で防ぎながら突き進むオトゥリア。


 だが、そこで問題が起こる。


 ───蔦の耐久が……足りてないわ。解かれるのは時間の問題ね。


 流石は守護者ガーディアンといったところだろう。彼女が十数秒は持つだろうと思っていた拘束。

 けれどもそれは強靭な尾に何度も床に打ちつけられ、激しく損傷してしまっていたのだ。


 持ってあと2,3秒といったところだろうか。

 彼女は九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムの力に感心しながら息を吐いた。


 アルウィンとオトゥリアはもう、位置についてそれぞれ頭を引き付けている。

 アルウィンが5首を、オトゥリアが4首を引き受けてそれぞれ作戦通りに誘導してくれているのだ。

 もしもここでロープが切れてしまえば、九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムが〝風乱刃エアロブレード〟の有効範囲から脱してしまう。


 ───耐久負けしてるわ。思っていたよりも甘くはなかったのね。


 アリアドネの長いまつ毛が、風に揺れる。

 そして、新たな強大な魔力反応と共に、彼女の口が再び動いたのであった。


「〝硬化変質スコロシックアルケミー : 青金鉛プルンバム〟ッ!!」


 途端、蔦のロープが眩い青銀の光に包まれた。

 そして、ロープは根元から眩く冷たい輝きを持つものへと変化していった。


 なまり

 古代から伝えられる、魔力伝達率が圧倒的に低い物質だ。

 魔素に触れると、微かに毒性のあるガスに変質させる効果を持っている。


 鉛で作られた物質は対象の魔素のエネルギーを奪ってしまう。

 そんな鉛を尾に巻き付けられていた九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムは、魔力が尻尾の先端に行き渡らず、拘束を解くことが出来なくなり、更に激しい怒りの形相となってアルウィンとオトゥリアに首だけで追っていた。


 前進も後退も許されなくなった巨体を前に、つかつかと歩み寄る影がひとつ。

 それはもちろん、アリアドネだった。


「アリアドネ!上手く運んだぞ!」


「ええ!上出来よ!」


 尻尾を拘束されているものの未だ自由に動く頭部でアルウィンとオトゥリアの二人を追いかけていた9本の首。

 その影を狙って、莫大な魔力のうねりと共にアリアドネの魔法が紡がれていく。


 ───この魔力のうねり。オレや……ゼトロスの技量すら超える……!?


 アルウィンはちらりとアリアドネを見た。


「〝乱風刃エアロブレード〟」


 幾多もの風の刃のそれぞれが遺跡兵ゴーレムに向けて鋭く迫っていく。


 ヒュッと響いた快音と、後に轟いた崖崩れに似たような音。


 縮地で切り抜けたアルウィンとオトゥリアが振り返って見た光景は、全ての頭が落とされて行動不能となった九頭蛇遺跡兵ヒュドラゴーレムであった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?