アルウィンと二人が合流した後、迷宮の攻略はこれまで以上に快調に進んでいった。
アリアドネの〝魔力探知〟が、アルウィンすらも超える精密さを持つものであったためだ。
アルウィンやオトゥリアの魔力感知は、彼らが飛ばした薄い魔力に触れた別の魔力がもたらす反応を識別するものである。
一方で、アリアドネのものはより広範囲に、より高密度に魔力を放ち、さらにその魔力に彼女の視覚や触覚を付与させることが出来るというレベルまで練り上げられた魔力感知の上位技だったのだ。
そのアリアドネの魔力探知によって、迷宮の内部構造が切り替わるのを待たなくても次層への道程が判るようになったアルウィン達はぐんぐんと進み、79層、この迷宮エリアの最終層の
だけれども。
「あんた無茶しすぎなのよ!もうちょっとあたしの援護だって期待してくれたっていいじゃない」
アリアドネばかりが
「って言われてもな……!!無茶なんかしてねぇよ!!オレは魔法が使えるし、援護なんて大して必要としてないんだよ!どっちかと言うとオトゥリアの方に援護を回した方がいいんじゃないか?」
「だとしてもよ!あんたを見てるとヒヤヒヤするのよ!深く入り込み過ぎて何度攻撃を当たりそうになっていることか!それに……あんたの魔法の技術は大魔法を練習中のレベルじゃない……!!魔法についてはまだまだよ!」
「それでも丁度よく敵を倒せてるんだし別に悪くないんじゃないか?」
「馬鹿ねぇ!あたしはあんたに怪我されたら困るのよ!治療魔法は魔力の消費量が多いの!」
「別に……無茶しなきゃ怪我なんかしないから大丈夫さ」
その言葉に、アリアドネはぷうっと膨れ、誰にも聞こえないような声でボソッと呟くのだ。
「あんたはそうなのかもしれないけど……心配なのよ。傷付いたら治せるけど、それでもあんたの辛そうな顔は見たくないわ……」
その言葉は当然のように、アルウィンとオトゥリアの耳には入らない。
「怪我なんかしないってスカしたことを言っているアルウィンだけど、それでもアリアドネに無理させるような選択肢は取らないと思うよ。アルウィンは、アリアドネが思っているよりも慎重に考えてるからね」
「…………そうなの?」
「ちょっ……オトゥリア!」
アリアドネの息を呑む音と、アルウィンの声。
いきなり褒められ、アルウィンは耳まで真っ赤に染めてオトゥリアを少し睨む。
しかし、彼女は二人に背を向けると「ごめんっ!ちょっとトイレに行くね!」とだけ残して走り去っていってしまったのである。
残されたのは、アルウィンとアリアドネ。
今まで二人の間を潤滑油のように取り持ってくれていたオトゥリアが居なくなってしまったのだ。
途端、その場を支配したのは沈黙と気まずい空気そのものである。
しかし。
「あんた、無策で突っ込んでいると思っていたのに意外と考えているのね」
話し掛けてきたのはアリアドネであった。
その言葉に、アルウィンも顔を上げ、彼女を視界に入れる。
「考えるに決まってるだろ。相手の動きを見て、予測しながら潜り込んで、弱点に成り得る所を的確に突くのがシュネル流なんだから」
「それでも……見ていてヒヤヒヤするのよ」
すると、アルウィンはまるでイタズラを仕掛けてウキウキする子供のような目をアリアドネに向けていた。
この時点で、ある程度打ち解けたのか、最早彼の中にアリアドネと暗殺者を結びつける疑念は無くなっていた。
「アリアドネさ、オレの剣の腕を疑う気なのか?」
「えっ……」
途端、言葉に詰まったオトゥリアにアルウィンは畳み掛ける。
「オレについて知識があるなら戦い方も熟知しているんじゃなかったのか?」
「いやっ……その……あたしの情報だと、あんたは斬っては退きを繰り返すようなヒットアンドアウェイの戦法を得意としてたはずだったのよ」
その言葉に、彼は目を丸くした。
「あぁ、それか。相当前に戦い方を変えたんだよな。
今じゃ肉薄する戦い方とヒットアンドアウェイをどっちとも使うようになったんだ」
「えっ……えええ!?」
アリアドネの目が点になる。それに加え、やや頬が恥ずかしさに紅潮しているのが目に入った。
「そうだな……今から5年前に、オレの両親が死んだんだ。それから色々考えたんだけど、大切な人を護り切れる強さを手に入れたいって思い始めた。
それで、師範から奥義を習う傍らで、ジルヴェスタ・ゴットフリードっていうオレの地域の領主の剣を学びに行ったりもしたんだよな」
「シュネル流の……確か序列2位の剣士ね」
「よく知ってんな。まあそこで色々と攻めを重視したタイプの〝
「理解したわ。ご両親を失ったことが切っ掛けになって私の記憶と違ってしまったのね」
「お前の言ってることはよく解らないけど……まあそういう理由だな」
「アルウィンにも、それなりの信念があったのね。
だけど、本当に危なくなったら身を退くのよ?」
「ああ。善処する」
「善処じゃだめよ。約束して」
「……約束?」
「アルウィン。勝手に死んだら、哀しむのはオトゥリアだけじゃないのよ」
「それは……どういう事だ?」
「アルウィンにとっては、あたしなんてまだ出会ったばかりの存在かもしれないわ。
でも、あたしはあんたをずっと探していた。あたしは……もしものことがあったら、オトゥリアと同じくらい絶望すると思うわ」
「……」
アリアドネの琥珀色の真っ直ぐな瞳。
それは、アルウィンの瞳に吸い付くのように離れようとしないものだった。
「絶対に死なないで。あたしだって嫌なのよ。
本当に……頑張って欲しいけど無茶はしないで」
「わかった。約束する。
判断ミスが起きないように引き際はもっと見極めの精度を高めることを誓うことにするよ」
そう言って、アルウィンはアリアドネの頭の上に掌をぽんと乗せたのだ。
触れられたアリアドネは嬉しそうに顔を蕩けさせ、やがて荒天の空が晴れ上がった後のように清々しい顔になっていった。
そして、その柔らかな口元がゆっくりと動く。
「……アルウィン、
「……え!?」
いきなり、アリアドネが放った言葉。
景色の映る水面が跳ねた魚の波紋に乱されるように、平成を保っていたアルウィンが驚き、表情を一変させる。
そんな姿を見てアリアドネはくすくすと笑った。
「その顔、バカみたいね。
でも、今あたしの言ったことを心に刻んで欲しいものね」
途端、アルウィンの心臓がドクンと強く震える。
「今は何も言葉の意味は明かせないわ。あんたには絶対に。だけど、いつか全てを明かすことになるでしょうね」
「お前……」
「だけどこれだけは信じて欲しい。
あたしはアルウィン……アルウィン・ユスティニアの味方よ」
ごくりと唾を飲み込む音。
それはアルウィンのものだ。
「そんな表情をされたらお前のこと……もう、疑えなくなってしまうじゃねぇか。お前の実力的に……オトゥリアを狙う暗殺者だと思ってたけど、それは違いそうだな。疑って悪かった」
アルウィンは真っ直ぐアリアドネを見る。
「今のオレらがやることはたった一つだけだ。
三人で生き残って、前人未到のこの迷宮を踏破すること。それだけだろ」
「そうね。全力を尽くすから」
差し出されたアルウィンの手に応えたアリアドネ。
彼女の得意気な顔は変わらない。
しかし何故か、アルウィンにはその顔が見るだけで心地よいものに変化していた。
───おおっ、上手くいったかな。
影から二人を除く者。
調度良いタイミングを見計らって出てきたオトゥリアが、二人の関係の僅かな変化を感じてニヤリと笑う。
───喧嘩してもいいけど、仲良い方の喧嘩であってほしいな。仲良くケンカする……って言葉の通りに。
「お待たせ!!じゃあ、行こうか!」と跳ねるオトゥリアの声にアルウィンとアリアドネが強く頷く。
そして、彼らは暗闇へと進んでいった。