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第44話 オトゥリアとアリアドネ

 アリアドネが魔石遺跡兵ジュエルゴーレムを見つけ次第、超遠方からたった一撃で倒してくれるため、アルウィンとオトゥリアが戦闘に参加する機会が無くなってしまっていた。


「まさか……無色には為す術もなかったアリアドネ・ワラニアが、有色相手にはここまで強かったとは」


 ボソッと呟いたアルウィンの一言が、アリアドネには煽りのように聞こえる。


「アルウィン、あんた……あたしをナメてるの?」


 振り返ったアリアドネはすぐさま真っ赤な顔でアルウィンの胸倉を掴む。


 ───平静を保てず感情的になりやすいのか……?ってことは……暗殺者に向いてない性格だし、オレの思い過ごしなのかもな。


 ある程度時間が経ち、アリアドネが暗殺者らしくない振る舞いをするうちに、アルウィンも彼女が暗殺者じゃないかもしれない、言ってることが本当なのかもしれないと思い始めていた。


「悪かったって……」


 実力を貶めるような発言をしたことには素直に謝るアルウィン。


「次にあの事を馬鹿にしたら……こうよ!?」


 と言いながら、掌に魔力を集中させたアリアドネ。

 その魔力は小さな炎の渦となり、そしてその渦がやがて翼の生えた蛇のような形に変化した。


「この魔法は〝鳳翼翔フェネクスアロー〟よ。

 追尾型の炎魔法で、対象を燃やし尽くすまで追い掛けるわ」


 アルウィンの首筋の毛がぞわりと逆立った。

 例えるならば、頸動脈スレスレまでナイフを押し付けられているような感覚だろう。

 炎魔法は、攻撃範囲が広い上に着弾と同時に爆散するという特徴がある。

 避けられるならば話が違うが、追尾型の魔法となると回避は不可能。


 剣で防いでも着弾と同時に魔法が爆ぜるため、どうしても被弾してしまい意味が無い。

 他流派の剣術であれば、魔力を纏わせた剣で被弾することなく迎撃や防御を行えるのだが、相手に察知されないよう剣に魔力を纏わせないシュネル流には不可能である。

 そのため、炎魔法がアルウィンにとっては最悪の相性の魔法と言えるのだ。


「シュネル流剣術は炎魔法や水魔法に弱いわよね。あなたを懲らしめるにも丁度いいと思うわ」


「あれっ、アルウィン。

 これはかなりまずい状況だねっ」


 口に手を当てながら、ニヤニヤと笑うオトゥリア。

 彼女はシュネル流をベースに、トル=トゥーガ流とヴィーゼル流を習得した上、独自流派の開発をしているために効率的な防御を行えるのだ。

 トル=トゥーガ流では隙のない完璧な防御を、ヴィーゼル流では魔法を真っ向から切り裂く俊敏性を、彼女らの独自流派では魔法を相手に跳ね返す胆力がある。


 そんなオトゥリアの煽りに気が散りそうになるが、アルウィンはアリアドネに力強い目を向ける。


「悪かった。流石にもうあれをネタにしないから……

 ってか、アリアドネ。

 何でオレの剣技を知ってるんだよ!?」


 ───自分がシュネル流だとアリアドネに伝えてなどいないし、アリアドネを助けるために戦っていた時失神していたはずだ。オレの剣は未だ見られていない……はずなんだ。


 しかし、そんなアルウィンの考えと裏腹に。

 アリアドネは意外なことを言ってのけたのである。


「馬鹿!アルウィンの剣くらい知ってるわよ!

 だって、あんたの事はずっと前から知ってたんだから!未来予知の効果とは違ってね!」


 突然の発言にドクンと、彼の心臓が強く震える。


 ───知ってるんだ、この子。アルウィンのことを。それに二人も、今は両方とも感情的になっちゃってるけどもしかしたら……


 息を呑むオトゥリアの姿を、アルウィンとアリアドネが知ることは無かった。


「オレの事を……ずっと前から知ってただと!?

 シュネル流なんてド田舎の剣術だぞ!?

 主流じゃないし、冒険者として名だたる戦果も上げてないオレを!?

 どこに目をつける要素があるんだよ」


「あ……アルウィン!あんたねぇ!

 いいじゃない!少しはあんたの事を知ってたって!

 オトゥリアの事だって知ってるのよ!」


「わ、私!?」


 いきなり名前を出されたことに、オトゥリアはびっくりしたのか素っ頓狂な声をあげていた。


「そうよ。だから迷宮攻略なんてさっさと終わらせてに行きたいことも知ってるわ!」


 その言葉に、アルウィンとオトゥリアは凍りついたかのように固まった。


「その事は……アルウィンにしか言ってないのに!」


 アルウィンがオトゥリアの方に目を向けると、彼女は酷く青ざめた顔で狼狽えていた。

「本命の目的」という風にアリアドネは言葉を濁したが、それでも王女の件は機密事項そのものなのだ。


 オトゥリアの今回の迷宮攻略の真の目的を知っているのは、現在王女を拘束している第2王子らとアルウィンのみだ。他者に知られたら、国内が紛争になるようなレベルの大問題となるのは二人とも承知している。


「これはかなりマズいだろ。何処から漏れたんだ」


「アルウィンは黙ってて!

 二人きりにさせて貰ってもいい?」


 オトゥリアはアルウィンの返事も聞かぬまま、彼の頬に掌を当て───魔力を込めた腕でぐいっと突き飛ばす。

 アリアドネを暗殺者だと思って怪しむアルウィンは、絶対に反対すると解っていたからだ。


「ちょ……おいッ!!」


 途端、階段を転がって落ちていくアルウィンだが、次層までは20段程度なのだから少し痛いだけで終わることだろう。

「さて」とひと息の後に。


「どこまで知っているわけ?」


 オトゥリアは何時でも剣を抜けるように、携帯式魔力袋スペースポケットに右手を突っ込んでいた。


 ───アルウィンはアリアドネを暗殺者じゃないかって疑ってるけど……もっと違う、別な感じがする。

 知られちゃいけないことを、知られてしまっているんだけど……!?


 彼女の瞳は、いつもアルウィンに向けるような輝く瞳ではない。

 まるでゴミを見るかのような、無機質で冷たい目であった。

 敵と認識したら、直ぐに斬り捨てるつもりなのだろう。


 アリアドネもそれを理解しているのか、鋭い眼光をオトゥリアに向けている。

 王女を助けに行くという事はアルウィンにしか伝えていない。二人とも情報を漏らしたり、不用意に他人のいる所で喋ってはいない。


「発言次第であたしを斬る覚悟なのね。

 王女ミルヒシュトラーセを救出に行くことがあなた達の究極の目的で間違いないのよね?」


 途端、オトゥリアは動いた。

 否、動いたのであろうと推測することしか出来なかった。


「……何で知ってるの?」


 アリアドネの喉元に剣を突き立てるオトゥリアの姿。

 アリアドネは剣を抜くその動きすら全く補足出来なかった。

 オトゥリアのその一振りは音よりも早く、アリアドネの目でも追い付けない速さで剣を抜いたのである。

 アルウィンだろうとその動きに追い付けるのは難しいことだろう。

 いつでも殺せるのだということを強烈に印象付ける気迫に、冷や汗を僅かに浮かべたアリアドネ。

 しかし、先程の醜態が嘘のように凛とした表情は崩れない。


「王女の筆頭護衛のあなたが職務放棄をしていること、そして王宮には王女と仲が悪い第2王子が共にいない。今あるこのような情報からカマを掛けただけよ。まぁ、図星だったみたいね。

 あと安心して欲しいんだけど、さっきから風魔法で音を消してるから仮に周囲に誰かが居てもこの会話は聞かれていないわ」


 確かに、周囲を風の魔力が覆っている。


「本当に?凄い情報収集能力だけど、私の目にはあなたが嘘をついているように見えるんだよね。勘だけど。

 未来予知は選択肢の結果の先にある吉凶だけを判断出来る能力なはずだよ。

 鮮明に未来が見えるなんて有り得ないから」


 オトゥリアの剣は全くブレることがない。

 少しでも力を込めれば、アリアドネの首など簡単に刎ねることが出来るのだ。

 その剣幕に、溜め息をつくアリアドネ。


「悪かったわね。確かにカマを掛けたのは嘘よ。

 だけど、これだけは言わなければならないのね。

 あたしはさっき、アルウィンに助けられた微睡みの中で記憶を思い出したのよ。

 あたしの力は未来予知なんてちゃちな能力じゃなくて、が見えるってことを」


「『運命的な出会いと、失った記憶を思い出す』っていうやつだっけ?

 未来?何それ」


「オトゥリア。ここから先は言えないわ」


「言って。信用出来ないよ」


「たとえ伝えたとしても……それで未来が変わったら困るのよね」


 オトゥリアの手に魔力が流れていく。

 それを感じ取ったアリアドネはまたもや溜め息。


「言って。じゃないと満足出来ない」


「あんたに伝えることで未来を変えたくはないの。伝えてもいいわ。だけど……あなたに記憶消去の魔法か、それとも他言無用の為の呪いをかける事になるわよ?」


 呪いというワードに、オトゥリアは強く反応を示す。


「記憶消去魔法に口封じの呪いだね?教会からしたらどっちも禁忌の闇魔法だよ」


「でもあなたは龍神の信徒でしょう。あたしも似たようなものよ。教会に属してないわ」


「そうなんだ。で、そのどっちかを私が受け入れるなら話してくれるんだ」


「仕方ないことよ。

 だけど、今から話す内容はあたしの正体についてだけよ。未来が変わってしまうから未来のことは話せないわ」


「それでいいよ。私だって未来のことを知っちゃったら楽しめないからね」


「で、どちらを選ぶのかしら?

 記憶消去ならオトゥリア、あんたが納得したという事実だけ残してそれ以外は消すことにする。

 口封じの呪いは……記憶は残るけど絶対にあたしを除く他人に話せないわ。それに呪いはあなたの心臓に苦しみを齎す」


 オトゥリアは、突き立てる剣はそのまま、視線を右下へ動かした。そして暫く考えた後に口を開く。


「……呪いでいいよ。それであなたの事を信頼出来ると思えるなら」


 その目は、覚悟に染っていた。


「承知したわ。

 その選択に後悔しないと誓える?」


「誓う」


 睨むオトゥリアと、真っ直ぐで力強いアリアドネの視線が交錯する。

 すると、アリアドネは僅かに声を低くして言葉を紡ぎ出した。


 最初は内容に半信半疑だったオトゥリアも、その壮大な物語を聴くにつれて表情を段々と崩し、最後は手から滑り落ちた鈴蘭の剣と同時に大粒の涙を落としていた。

 彼女は汚れたぐしょぐしょの顔を小さなアリアドネの胸に填めて、


「……味方だったんだねぇ…よかっだよぉっ……

 ごめんね、剣を抜いちゃって……」


 と、慟哭していたのだ。


「いいのよ。言い出しっぺはあたしなのだから」


 そう言いながら、アリアドネはぎこちないながらもオトゥリアの背中を擦り、笑みを浮かべて見せた。

 彫刻のような美人顔だが、笑顔になるとやはり可愛い。つり目がちな目元がきゅっと細くなり、ほんのりと見せる笑窪の下には綺麗な歯が覗いている。


 オトゥリアの咽び泣く声は、風壁の向こうのアルウィンにも判るほど大きなものだった。


「やっぱ、思った通り可愛い笑顔だね」


 一頻り泣いた後に、オトゥリアがアリアドネにそう告げる。

「ありがとう」の言葉の後に、アリアドネは口を開いた。


「この事を話そうとすると言葉を出せなくなるのと不定期に心臓に激痛が走るっていう大きな代償は出来たわ。

 それでも信用して貰えたかしら?」


 そう言ったオトゥリアの切れ目から覗くまつ毛が緩れている。


「勿論だよ。私はあなたを大好きになったから!

 アリアドネ、宜しくね!」


 屈託のない笑顔が眩しい。

 差し出された手に、一瞬だけ目線を泳がせたアリアドネだったが、直ぐに元に戻す。


「えぇ、オトゥリアも。

 これから永く世話になるわ」


 互いに差し出した手と手。

 アリアドネとアルウィンの関係は時間をかけてゆっくりと構築されるのだろうが、女子二人の関係はこれから強固なものへと変わるはずだ。

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