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第43話 暗殺者……!?

「あたしを……暗殺者だと思ってるのね?」


 アルウィンを真っ直ぐに見つめるアリアドネの瞳。


「あぁ。お前のような強い存在が、不意打ちでオトゥリアを狙ってくるなんてことも考え得るからな」


 睨み合う二人。

 一方でオトゥリアは、アルウィンの言っている話をほとんど理解出来ていなかった。


「どういうこと……!?アルウィン」


 守ろうとしてくれているアルウィンの背中に、そう言葉を投げるオトゥリア。

 すると、アルウィンは静かに応えた。


「オトゥリア。オレはな……お前が眠ってる間に46層で一人の冒険者を介錯した。

 謎の魔力によって、破壊がほぼ不可能と言われる遺跡の壁ごと腹を貫かれた男だった。

 そんなことを出来る人物なんて、暗殺者以外に居ないだろう?」


「そんなことが……あったんだ」


 オトゥリアは言葉を濁らせる。


「そんなことをするには、化け物級の戦力が要る。それこそ───古龍の単独討伐ができるような化け物とかがな?」


 アルウィンは剣を抜いていた。

 アリアドネを睨み、魔法の構築中に何時でも斬込みにいけるぞと脅しをかける。


 が、アリアドネは落ち着き払った様子で答えるのだった。


「あたしは金が欲しくて冒険者をしている訳じゃない。だからそんな依頼なんて受けないわよ」


 だが、アルウィンには届かない。


「オトゥリアの話じゃ、王子共は性格が悪いようだ。お前が弱みを握られてこの場に来た可能性だってあるだろう」


 冷たい視線がアリアドネを貫くように放たれる。


「弱みなんて……他人に握らせるほど愚かじゃないわ」


 アリアドネは続けた。


「アルウィン。信じて貰えないのは残念だけど……本当よ。あたしは未来予知に導かれるまま、『記憶が蘇る』ということだけを信じたの」


「お前の記憶なんて……毛ほどの興味すらない。攻撃の意思は今のところ無さそうだが───」

「毛ほどすらないですって!?」


 途端、アリアドネはアルウィンに向かって詰め寄り───バチンと大きな音を響かせた。

 彼に向かって思い切り、平手打ちをしたのである。


 怒りに燃える彼女の眼。

 魔法を得意とするアリアドネがまさか詰め寄ってくるなど想像だにしていなかったアルウィンは、ヒリつく左頬に片手を当て、「……おい」と、低い声で怒りを顕にする。


「あたしの……大切な記憶なのに……!!」


「そんなこと……知ったことじゃない。

 話を誤魔化すな。オレが知りたいのは、お前が暗殺者なのかどうかだ」


 ぎりりとアリアドネを睨んだアリアドネ。

 小さく「馬鹿……馬鹿……」と繰り返している。


 が、そんな中で。

 カツカツと靴音を鳴らし、オトゥリアはゆっくりと息を吐き、アルウィンの左横に並んでしまったのだった。


「オトゥリア……お前。狙われてるかもなんだぞ!?」


 アルウィンは、彼女を護るように左手を出した。

 けれども。


「要らないよ、アルウィン」


 オトゥリアは彼の手を振り払い、アリアドネに向かって歩みを進めていく。


 ───どういう事だ。さっきの話で解っただろ!?何でオトゥリアが……


 そうアルウィンが思っている最中。


「大丈夫だよ。アリアドネから……悪意は感じられないから」


 そう、オトゥリアが言ったのだ。


「直感だけど……この子は大丈夫だって思えた」


「そんな……」


 アルウィンはあんぐりと口を開く。


「お前の勘は確かに鋭い。だけど……」


「大丈夫。大丈夫だから」


 そう言うなり、再び彼女はアリアドネを包み込んだ。


「あたしを……信じるの?」


 震えるアリアドネの声。

 確かにそれは、彼女の本心のようにアルウィンには届いていた。


「うん!大丈夫だからね」


 眩しいオトゥリアの笑顔。


「『記憶が蘇る』ってのはよく解らないけど、でも私はアリアドネを信じるよ」


「オトゥリア……」


 アルウィンはオトゥリアの決定に思うところがあったが、彼女の勘の鋭さは認めていたために黙っていた。


「アルウィンも……アリアドネを仲間だと認めてあげてよ。魔法使いは……この迷宮攻略にとって有用だと思うから」


 アルウィンは、大きく息を吸い込んだ。

 まだ、彼の中にはアリアドネへの疑いが消えていない。


 ───強力無比な魔法使いが助けてくれるのは有難いが……本当に暗殺者じゃないのかは解らない。

 でも……それを理由に断れるほど、魔法使いを欲してないのかと言われていると嘘になるな。


 静かにアリアドネを見る。

 暫し逡巡したアルウィンだったが───何かあったら自分がどうにかしようと思ったのか、結論を纏めた。


「オトゥリアは認めたから……オレはお前の同行を許さない訳にはいかない。

 が……未だ警戒を緩めないからな。なにか少しでもオトゥリアに攻撃の意志を向けたら……即刻オレが斬る」


 鋭い視線のもとそう言われたアリアドネだったが、迷宮攻略の同行は許可されたため、不満の色は顔になかった。


「斬られることなんてしないから、大丈夫よ。実力で評価を変えてみせるわ」


「実力はもう噂だけだが知っている。だから……誠意で証明してみろ」


 射抜くような強い光をアルウィンに向けた瞳。

 唇の端をわずかに上げた挑発的な笑みを浮かべると、低く力強い声で言い放つ。


「望むところね」


 アリアドネのやる気は、負けず嫌いに起因しているようでアルウィンと似たところがある。


 声は張り詰めた空気の中でもしっかりと響き渡り、彼女の自信と覚悟を如実に表していた。

 遺跡を吹き抜ける微風に髪が揺れ、肩を覆う布地が僅かに動く。

 その姿は、まるで戦場に立つ騎士のような堂々たるものだった。


 ───本気で……アリアドネ・ワラニアがオトゥリアの命を狙ってないのかどうか見極めないと。


 アルウィンは拳をぎゅっと握り、引き抜いた剣を鞘に戻した。

 そんな中で、段々と近付いてきた気配。

 魔力の流れから、それが人間のものでは無いことが直ぐに判った。


「おっと……アルウィン。アリアドネ。魔石遺跡兵ジュエルゴーレムが来たよ」


 水色の光が、辺りに差し込んでくる。

 その魔石の色を纏う魔石遺跡兵ジュエルゴーレムが、彼らを狙っていたのだったが───


「オトゥリア、アルウィン。ちょいと見てなさい?あたしの力を見せてあげるわ」


 そう言ったアリアドネが、魔力を構築させていく。

 彼女の足元に展開された魔法陣。

 凍えるような寒気を放つ魔石遺跡兵ジュエルゴーレムに対して、練り上げられていくのは炎の魔力だった。


「〝炎嵐ファイアストーム〟」


 その魔力は燃え上がる渦をなし、ごうごうと音を立てながら魔石遺跡兵ジュエルゴーレムに向かって進んでいく。

 それが狙い通りに魔石遺跡兵ジュエルゴーレムに近付くと、巨体はその渦に呑み込まれて抜け出せなくなっていた。


 燃え上がる巨体を見て、オトゥリアは「おおっ……」と声を洩らす。


 アリアドネが扱った魔法は、火属性大魔法の〝炎嵐ファイアストーム〟というもの。竜巻のような炎の渦を形成させ、それを目標に向かって放つ技である。

 並の冒険者であれば、魔力への防御力が高い魔石遺跡兵ジュエルゴーレムの表面を薄く融かすことしか出来ない程度の強さなのだが───


 アリアドネのそれは、表面を薄く融かすどころか全て融かしてしまい、その下、攻撃に弱い内部にすら届いていた。


 ───とんでもない威力だ。大魔法の癖に、ワンランク上の特級魔法に相当する威力がある気がする。


 アルウィンは、魔法の覚えがある身として、アリアドネの魔法のあまりの威力に驚きを隠せなかった。


 一撃を以って放たれた焔に、魔石遺跡兵ジュエルゴーレムが苦しみ出し───やがて倒れて動かなくなったのだ。


「どうかしら?ここは狭いから大魔法くらいしか放てなかったけど……」


 振り返ったアリアドネに、オトゥリアが「凄い!」と感情を昂らせる。


「威力が……流石としか言いようがないな」


 冒険者アリアドネの行動には疑問を持つものの、アルウィンは彼女の実力をしっかりと認めていた。


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