「オルブル……援護するわ!」
「左側は任せろ!お前に全てを任せるッ!」
「今だッ!!行けッ!」
仲間の声。
魔法が古龍を僅かながら足止めし、その左側では鋭いヴィーゼル流の奥義が放たれていた。一方、正面では、盾を持った男がカウンターを決めて蛇のような片目を潰している。
「あいつらが……最高の状況を作り出してくれた」
オルブルは深く息を吸い込むと縮地を発動させ、巨体の懐へ侵入する。
そして。
「シュネル流〝
彼は思い切り、最も得意な技を振り抜いていた。
白銀の剣が煌めき、確かな感触を彼に与えてくれる。
「死ね」
オルブルは呟き、傷を与えた箇所に更に攻撃を仕掛けていった。
手首を切り返しながら、弧を描くように右下から右上へと振り抜いていく。
鮮血が溢れんばかりに迸り、気が付けば巨体は断末魔を上げて地に伏していた。
その光景を見て、仲間たちはワッと歓喜に包まれる。
「古龍を為す術もなく完封するなんて……!!
やっぱ凄ぇよな……!!オルブルって」
「だよな、ロベルト!
オルブルは……やっぱり剣の達人だ!」
「アレクだってヴィーゼル流剣術の修練度は相当な訳だし、オルブルに負けてないよ」
「照れるじゃねぇかよ。ありがとうな、ペトラ」
「おい、イチャイチャしてんじゃねぇよ!お前ら!」
野次を飛ばしたロベルトの声は大きい。
オルブルの勝利を確信していた仲間は、後方でおしゃべりに夢中だった。
オルブルが振り返ると、視界に映るのは、眩いばかりの笑顔を浮かべて、まるで親密さを隠す気もないアレクシオスとペトラの二人。
彼の胸の奥はぐっと締め付けられるように痛んだ。
「俺が頑張っている間に……アレクの野郎……ペトラと仲良くなりやがって」
小さく呟いたオルブルは苦虫を噛み潰したような顔を浮べていた。
怒りと嫉妬が彼の瞳に湧き上がる。
手にした剣の柄を握る力が自然と強まる。
だが、その感情を表に出すことはできない。
ペトラの幸せを第一に願ってきた自分が、そんな醜い感情を抱いていることが許せなかった。
だからこそ。
古龍に打ち勝ち、興奮している三人に彼は向き直る。
「なぁ……俺らさ、たった今……古龍討伐っていう偉業を成し遂げたじゃないか。
俺たちの活動も……これで終わりにしないか?
それぞれ夢を叶えた訳だしさ」
オルブルはそう言って現実から逃げようとした。
そうすれば、ペトラがアレクシオスと関係を深めていっても、心苦しい感情が失せるだろうと思ったからだ。
「俺は……シュネル流の力で古龍に勝てた。
アレクは、パーティ以外でも名の知れた冒険者になれた。ペトラは、家族のしがらみから抜け出して自由を手に入れた。ロベルトは得た金で親を病から救えた。
みんな……目的を果たしたんだ。俺達の活動は、これで終わりにするべきじゃないかな」
そう言うと、古龍の亡骸に触れる。
オルブルを見つめる三人の表情には、困惑の色が顕れていた。
ヴィーゼル流とシュネル流の奥義習得者を揃えた最上位ランクの冒険者パーティは五年間も続いたのだ。
今まで積み重ねてきたものを終わらせようとしたオルブルに、皆が面食らっている。
「もう俺には……目的が無くなった。何をすればいいかも解らないんだ」
彼の視線は、想い人であるペトラに向いていた。
彼が抱く感情は届くわけがない。
互いに想いを寄せ合う二人を引き裂ける勇気などないし、そんなことをするのは最低な行為だと思っている。
そんなオルブルに、ゆっくりと歩み寄ってきたのはアレクシオスだった。
「オルブル……お前と二人だけで話をしたい。付いてきてくれ」
皆の感情を代表して、アレクシオスは静かにオルブルを山奥へと誘った。
「オルブル。お前……何言ってんだよ!」
他二人から離れると、アレクシオスは幼馴染であるオルブルに掴みかかっていた。
目を大きく見開き、ギリッと睨みつける。
「馬鹿野郎!古龍を討伐したからって、『はい終わりです』なんて言えるか!」
昔から変わらない喧嘩っ早さ。
凄みのある視線を向けられて、オルブルは言葉を詰まらせる。眉を寄せ、わずかに視線を逸らした。
アレクシオスの怒りが込められた声が続く。
「目標がなくなった?だったら、新しい目標を見つければいいだろ!解散なんて、そんな簡単に言うなよ!」
オルブルは拳を握りしめた。
確かに彼の心の中には、古龍を討った達成感と、それ以上の目標を失ったことによる喪失感が渦巻いている。
新しい目標など、考える状態ではなかった。
だが、それが解散したい本当の理由ではない。
「…………」
アレクシオスから向けられる視線に合わせようとしないオルブル。
血の気の失せた顔を見て、アレクシオスは口を開いた。
「今目の前にいるお前は……自殺の志願者みたいな顔をしていやがる。新しい目標を見つけられない理由を……俺に教えてくれないか」
掴んだ手を離したアレクシオスの言葉に、オルブルは息を詰まらせる。
何か言わなければと、オルブルは焦った。
「俺は……」
けれども声にならない言葉は、やはり喉元で詰まる。
本当の理由ならば直ぐに内容が浮かぶが、ここでそんな事を言ったら格好が悪い。
彼の胸の内は揺れていた。
「言えるわけ……無い」
出た言葉は、それだけだった。
アレクシオスはその言葉を聞いた途端に、誰にも聞こえないほど小さく「は?」と声を洩らす。
「言えないだと!?
自分勝手に解散しようと言っておきながら無責任すぎるんじゃねぇか!?」
アレクシオスの口から飛び出たものは、全くもって正論だった。
オルブルは解っていた。
自分が他の三人のことを考えずに解散したいと言い、解散の理由を上手く説明出来ずに逃げているだけなのだ、と。
「悪いが……これ以上は言えない」
「オルブル……テメェ……!」
オルブルの両肩は、がしりと掴まれる。
怒りに身体を震わせながらも、アレクシオスは瞳に涙を浮かべていた。
「何でだよ!もっと上手く説明しろよ!
俺は……お前ともっと冒険者をやっていたいんだ!」
「そう思ってくれるのは嬉しい。
だけど、悪いな……俺はもう、アレクと一緒には居られない」
「だから……ッ!」
「無理なものは無理なんだ。
俺はもう、お前と一緒には居られない」
「そんな……」
胸中など知らないアレクシオスの手を振り払って、背を向けたオルブル。
けれども、アレクシオスは諦めなかった。
「オルブル……!!
戻って来ると言わないのなら……お前をここで斬るぞッ!!」
震えながらも半ば半狂乱になって、彼は剣を引き抜いていたのだ。
「無理だ。お前は仲間を斬ることが出来ないって知ってるからな」
オルブルの言葉は、いつにも増して冷たかった。
「俺に一撃を入れられず返り討ちに遭うのがオチだ。
やめておけ」
その言葉は、アレクシオスには聞こえていない。
「オルブル……ッ!!!」
アレクシオスが放ってきたのは、低姿勢から高速の三撃を繰り出す技である、〝
「だから……お前には無理だ」
オルブルが繰り出したのは、〝辻風〟だった。
二人の剣は、激しい音を立てて衝撃を放つ。
「クソ……!!
ヴィーゼル流奥義!〝彗虹の光〟ッ!!」
「シュネル流奥義!〝
二人は、同時に叫んでいた。
アレクシオスはオルブルの間合いに一瞬で侵入すると、最上段に構えた剣を勢いに任せて振り抜いた。
オルブルはその剣の軌道を見切ると、リーチの内側へ剣を滑らせる。
が。
「オルブル!お前の手だって何度となく見てきて解ってるんだッ!」
アレクシオスの剣は、オルブルの左肩を正確に捉えていた。
鋭い痛みが走るが、オルブルは奥歯を噛み締めてアレクシオスに肉薄する。
彼の右手に握られた剣は、巧みなスナップ捌きによって半月状の弧を描いたのだ。