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第15話 ロマネスとメトディオス

「これはこれは、カヴラス辺境伯。

 こんな所にまで、粗末な部下共を率いながら遠足でもなさっていたのでしょうか?

 はしゃぎ過ぎですよ、辺境伯。

 あなたの部下が、置いてけぼりになっているではありませんか」


 メトディオス子爵はそのように、200ヤードほど離れた場所にいるロマネスを煽っていた。

 彼の指差す方向には、確かに、ロマネスに着いて来れないスライヴとヴァシラの隊があった。


「主に着いていけない部下が無能なのか、それとも先走ったあなたが無能なのか……どちらなのでしょうか?」


 歌っているような低い声。

 その声には、嘲笑の感情がふんだんに練り込まれていた。


 けれども、ロマネスは挑発に乗るような男ではない。


「……私が部下を引き離したのは、訳がある」


 静かに言い放ったロマネスは、剣を真正面に構えていた。


「惜しむらくは……あなたがトル=トゥーガ流の剣技を身につけていないことでしょうか。

 華々しい死に場所を、私が提供して差し上げます。

 壮絶な死を遂げてくださいな。

 魔法騎槍ソーサーランス部隊よ!発射準備!」


 ロマネスを囲っていた重装歩兵の後ろには、魔法騎槍ソーサーランス部隊がいた。

 こういった戦場において、特級魔法を扱える術師がいた場合、その術士は真っ先に狙われてしまう。

 当然、メトディオス子爵はその傾向を理解していた。

 そのため、突撃に踏み切ったロマネスを誘い込むために幾つもの罠を用意していたのである。


 ロマネスの扱うヴィーゼル流は、魔力を纏わせた剣によって魔法を断ち斬って消滅させることが出来る。

 けれども、それはあくまでも正面に対してだけだ。

 ヴィーゼル流は全方位に対応できるものではなく、正面方向に対してのみの直線的な足使いを学ぶ。

 振りの速さを極めるべきだと考えるために、側方や後方への動作については学ばないのだ。


 全方位から斬りかかられたり、魔法を放たれたりすると、ヴィーゼル流剣士は簡単に潰せるのだ。


「なぜ、あなたが単身でここまで乗り込んできたかは理解しかねますが……ここで終わりですね」


 ロマネスの四方八方から、魔力が迸っている。

 けれども、彼の瞳は未だに輝きを失っていなかった。


「考え方が甘いな、メトディオス子爵よ」


「……悪足掻きでしょうか?」


 圧倒的に不利な立場にも関わらず、強力な眼光で睨んでくるロマネスのことを、子爵は全く理解など出来ていなかった。


「悪足掻き?違う。

 私は……全て、この状況すら、考えて出撃したのだよ。

 嵌められたのは私ではない。お前だ、子爵よ」


 黒い雲の垂れこめる曇天の下で。

 追い風は、ロマネスのマントを力強く拡げさせていた。

 勢いに煽られて布が荒々しく翻り、まるで彼の背後に生き物のように広がっては収縮を繰り返す。


 そして。

 ロマネスは、メトディオス子爵が全く想定し得ない言葉をその口から放つのであった。


「今だッ!!!スライヴ隊!ヴァシラ隊よ!!

 左右から叩けェ!!!」



 その瞬間。

 うぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!と、藍色の旗の元に歓声が沸き起こる。


 そして、次に生じたことは、メトディオス子爵の予想を遥かに超えた出来事だった。


 雄叫びに似た兵たちの歓声と共に、斬撃の音が後方から響き渡る。

 それは次々と連鎖していき、いつの間にか後方にいた全ての魔法騎槍ソーサーランス部隊から悲鳴のような叫びまで聞こえる始末。

 子爵に率いられてロマネスを包囲していた魔法騎槍ソーサーランス部隊から放たれる血は、噴水のように曇天の空に昇っていた。


 左右から、スライヴとヴァシラがロマネスの後方にいた魔法騎槍ソーサーランス部隊に突撃を仕掛けたのである。


「「領主様のためにッ!!!壊滅させるのだッ!」」


 指揮官ふたりは各々の得物を振り回し。

 ちぎっては投げ、ちぎっては投げという言葉のように、次々と魔法騎槍ソーサーランスで武装した騎兵の合間を縫い、首を刎ね飛ばしていくのだった。


 ふたりの率いる部隊の猛烈な攻勢を受けて、即座にロマネスを包囲した魔法騎槍ソーサーランス部隊の後方は壊滅状態に陥ってしまう。


「なるほど。あなたの部下の士気は徹底的に下がっていたように感じていたのですが……

 命令さえあれば、士気を取り戻して、あなたの死地を守るために相当な働きぶりを見せてくれますね。

 ですが……あなたは、私の部隊の攻撃に耐えられるのですか?」


 後方は、カヴラス軍100騎が大きく押していた。

 けれども。

 その間に、ロマネスにとって正面となる左右の魔法騎槍ソーサーランス部隊は魔法を放つ準備を終わらせていたのである。


「放て。未だ部隊の半数は残っている。物量で潰すのだ」


 メトディオス子爵は、冷徹に部下に言い放っていた。

 途端に、前方の至る所から魔力が炸裂し、ロマネスに向けて数多もの魔法が放たれていく。

 更に。


「重装歩兵よ!突撃せよ!」


 それだけでは終わらない。

 ロマネスは敗戦処理ばかり任されているものの、剣に関しては実力者として数えられている。

 そんな男であるため、ある程度ならば魔法を処理してくるだろうということをメトディオスは理解していた。


 重装歩兵は、うぉぉぉぉぉぉっ!!と雄叫びをあげながら槍を構え、突撃を開始していた。

 魔法ばかりに注意を向ければ、下から突いてくる槍がロマネスの命を奪うのだ。


 けれども。

 そんな中であっても、ロマネスは動じなかった。


 彼は手網をぐいと握る。

 すると、彼の乗る馬は嘶き、そして力強く駆け出していくのだった。


「……ヴィーゼル流!〝鳳凰美田ほうおうびでん〟」


 翼を広げた鷹な力強く羽ばたくような斬撃が、幾度となくロマネスから放たれていた。

 ヴィーゼル流の剣技、〝鳳凰美田〟である。


 その斬撃は、まるで強風を巻き起こして矢を防ぐ飛竜のように、放たれる全ての魔法からロマネスを護っていた。

 それどころか、彼は放たれる全ての魔法を徹底的にその剣で防ぎながらも前へ前へと、討ち取るべきメトディオス子爵のもとへ一心不乱に馬を駆けさせていたのだった。


 彼の後方の魔法騎槍ソーサーランス部隊は、スライヴとヴァシラの隊によって壊滅状態となっている。

 馬を前へ進めさえすれば、彼に向けて放たれた前方側面の魔法は回避することが出来るようになる。


 そして、側面の部隊が新たに魔力を構築しながらロマネスに狙いをつけようとしても、後方からはスライヴとヴァシラの隊が彼らに雪崩のように襲いかかってくる。


 そのため、側面の魔法騎槍ソーサーランス部隊は自身の命を守ることを優先してしまったのか、突撃してきた騎馬隊への防御態勢を余儀なくされたのだ。

 そうなれば、背を向けたロマネスに狙いをつけて攻撃することが出来なくなる。


 けれども、臨時の防御態勢は脆かった。

 崩された隙間を拡げるように、スライヴとヴァシラの軍勢が雪崩込むと、段々と側面の魔法騎槍ソーサーランス部隊も壊滅へと追い込まれていくのだった。


 スライヴ隊とヴァシラ隊の奮闘のお陰で、ロマネスは前方から飛来してくる魔法にだけ注意を向ければ問題はなかったのだ。


 彼が意識を向けていたのは、たった一人の人物だった。

 一部始終を静かに見守っている男、メトディオス子爵である。

 他の突撃してくる重装歩兵など目もくれず、ただただ討ち取らねばならない子爵に向けて、彼は馬を走らせていた。


「重装歩兵よ、槍と盾を構えよ。敵将ロマネス・カヴラスを馬ごと突き刺すのだ」


 メトディオス子爵はそう言い、迫るロマネスを討ち取るように指示をする。

 重装歩兵らはうぉぉぉぉぉっ!!と雄叫びをあげながら、ぎっしりと密集してロマネスに迫っていた。


 けれども。


 パカラッと、重装歩兵らの咆哮の中でも存在感を放つ快音が周囲に響いたと同時に。

 ロマネスを乗せた馬はいつの間にか大地を蹴り、跳び上がっていた。


「な……!?」


 それまではずっと、予想外のことが起きても顔に出すことはなく、冷静に対処をしていたメトディオス子爵。

 だが彼はロマネスを乗せた馬が大きく跳躍したのを見た瞬間に目を大きく見開いて、開いた口を塞ぐことが出来なかったのだった。


 ロマネスを乗せた馬は、突撃を仕掛けた重装歩兵の上を跳んでいた。

 予想される着地地点は、メトディオス子爵と目と鼻の先。魔法騎槍ソーサーランス部隊の中央である。


「ふぬァァァッ!!」


 ロマネスは剣を最上段に構え、そして落下の瞬間に勢いよく真下へと振り抜いていた。

 そして、続きざまに低い姿勢で突くような二段の攻撃を放つ。


 跳び上がり、着地した瞬間に連続三段の攻撃を放つヴィーゼル流の技、〝隼疾風はやて〟である。


「ぐああああっ!!」


 彼に斬られた騎兵たちが、断末魔をあげながら落馬していく。

 そして。

 彼はついに、討ち取るべき敵の前に立ったのだった。


 追い風は、やはり彼の背中を力強く押していた。



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