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第14話 ロマネスの奮戦

 土埃が舞う戦場にて。

 突如、姿を現したメトディオス子爵は、昨日とは打って変わっていきなり特級魔法をユスティニア軍に撃ってきた。

 彼の与えた被害は甚大で、そこから広がる混乱によってユスティニア軍は予定よりも早くヒュパティウス軍に押されてしまっている。


 この状況を、どう挽回するのか。


 その方向性を決める会話が、アルウィンとロマネスによって行われていた。


「私に、騎兵100を率いて彼を討ちに行くご許可を」


 ロマネスは、アルウィンに乞うていた。


 彼の顔に浮かんだのは、揺るぎない決断の色だった。

 迷いや躊躇の余地などなく、その眼差しにはひたすら前進する意志が宿っている。

 敗戦処理ばかり行ってきた彼だが、積み重ねてきた戦の数々が、この瞬間の重みと戦場に立つ意味を改めて教えてくれていたのだ。


 今後は、前線を下げてヒュパティウス軍を誘引しなければならない。

 そんな時に、大きくこちらの数を減らしに来る可能性のあるメトディオス子爵の存在があると、前線を下げた時に味方軍を予定以上に失うリスクが高いのだ。

 そうなると、包囲網を完全に築くことが出ないという最悪の可能性すら見えてきてしまう。

 その可能性を打破するためにも、彼を討つという方向性は既に決定している。


「オレが感じ取った魔力反応は、ヒュパティウス軍の鶴翼の陣のちょうど前面中央だった。奴はまだまだ深い所には居ないはず。

 確かに兵100でも討ち取れるかもしれない」


 自分で討ち取ると言い出したロマネスの覚悟を、アルウィンは無駄にしたくはなかった。

 魔力感知を発動させると、魔力量の高い、メトディオス子爵らしき強大な存在が敵軍の前線にいることがひしひしと伝わってくる。


「奴はまだ前線にいる。兵100でも問題なく突入出来るだろうな」


 そう彼が呟くと、ロマネスは続けた。


「恐れるべきは特級魔法ですが……恐らく、あの子爵が味方ごと攻撃するとは思えません。

 敵軍に張り付いていれば、少なくとも大魔法程度ならばヴィーゼル流を習得している私ですから被弾しないでしょう。

 素早く食い付き、討ち取ってきますから」


 彼の視線は、一見すると自信に満ち溢れているように見えていた。

 けれども、アルウィンにとっては、ロマネスの心の奥底の本心が隠されているように感じられていた。


 ───自信があるのか?それとも不安なのか?ロマネス……お前の真意はどっちなんだよ。

 気になるが、ここでは彼の気持ちをそのまま汲み取るべきだろう。


 そう考えた彼は、口を開く。


「助かる。撤退時の絶妙な兵の配置はお前がいないと上手くいかないだろう。

 だから……絶対に生きて戻って来いよ?」


「当たり前ですとも!!」


 胸を張って、ロマネスはアルウィンの期待に応えられるように鋭い視線を返す。

 生きて帰ってくることに関しては、自信があるらしい。

 アルウィンは胸を撫で下ろし、「約束だぞ」とロマネスにしか聞こえない大きさで零していた。


 そして彼は、藍色にはためくカヴラス家の旗を側近の騎兵に立てさせると、愛剣を引き抜いて大きく息を吸い、叫んでいた。


「カヴラス家の兵よッ!!!叫べッ!!」


 メトディオス子爵に放たれた魔法によって、兵たちには動揺が走り、戦意が大きく削がれてしまっていた最中。

 主の叫び声を聞いたカヴラス家の兵たちは、主が懸命に何かを成し遂げようとすることを理解したのか、身を奮い立たせるといつの間にか彼の檄に応えていた。


「今から私は厄介な魔法を放ってのけるメトディオス子爵を討つッ!!

 スライヴの隊と、ヴァシラの隊は私に続けッ!!」


 ロマネスはスライヴと、ヴァシラと呼ばれる2名の指揮官の手勢の騎兵を引き連れると陣中を前進していく。



 何やら檄が飛ばされたのか、前線では沸き立つような歓声があがっていた。


「アルウィン様!私らはどうすれば……!」


 残ったカヴラス家の指揮官らは、彼にこの後はどうすれば良いのかを問うてくる。

 当然、彼らはカヴラス家に使えるものとして主の身を心配しているのだ。


 ───主が心配だよな。そんな心にオレは応えてやりたい。


 そう思ったアルウィンは、具体的な策を出してやろうと口を開くのだった。


「ロマネスが突撃しに行くが……あいつらがオレらの陣を移動する途中で魔法を撃たれたら困る。

 犠牲は出るかもしれないが……お前らはなるべく敵との乱戦状態を作っておいて、魔法の矛先を逸らして欲しい。

 ロマネスが早く敵軍の中に入り込めるように、こちらの騎馬隊で強く押し込んで、敵騎馬隊の方には歩兵の長槍などを用いて馬を狙うとか……取り敢えず、そんなことをして機動力を奪えばいいと思う」


「「承知致しました!」」


 指揮官らが持ち場に戻ると、一気に軍の流れは変化していった。

 アルウィンが指示した通りに、歩兵が敵騎馬を馬から潰していき、厚みを増やしたこちらの騎兵が敵軍を大きく破っていく。


 ということで、彼の的確な指示によって、カヴラス家の持ち場はこちら側優位に傾きつつも乱戦状態を形成出来ていたのだった。






 ………………

 …………

 ……






 同時刻。

 戦乱の部隊は、ロマネスのいる場へと移る。

 戦場に、深みのある叫び声が轟いていた。


「はああああああっ!!」


 ロマネスは、手勢100騎の先頭に立ち、ヒュパティウス軍の魔法騎槍ソーサーランス部隊に迫っていたのだった。


「騎馬隊が来るぞォ!!撃てェ!!!」


 ロマネスの接近に、魔法騎槍ソーサーランス部隊は一斉に魔法を放ってくる。

 けれども。


「ヴィーゼル流!〝真澄ますみ〟ッ!!」


 彼は、魔力を纏わせた剣を真横に振り、自身に飛んできた魔法を真二つに叩き切っていたのである。

 ロマネス・カヴラスという男は、奥義を習得してはいないもののヴィーゼル流の剣士だ。


 次々と飛ぶ魔法を叩き切りながら、時折後続に飛んでくる魔法に対しては、斬撃を飛ばす技である〝天吹あまぶき〟で迎撃して味方を護っている。


 突撃しようと敵の大軍の中に向かう彼の背中は、今後の戦局の為のただならぬ覚悟を背負っている。

 初老といえどもエネルギッシュさを確りと併せ持っていたように見えていた。


 彼は、横に視線をちらと向けた。

 前線の他の箇所では、アルウィンの巧みな指示によって少々の犠牲を払いながらも乱戦状態が形成されていた。

 その光景を見て、彼は「温まったな」と呟くのだった。


 ロマネスとヒュパティウス軍魔法騎槍ソーサーランス部隊との間の距離は、ぐんぐんと縮まっていく。


 そして。


「ヴィーゼル流!〝紫宙しそら〟ッ!!」


 彼の剣から放たれた、高速の横薙ぎが空を斬る。

 その途端に、ヒュパティウス軍の魔法騎槍ソーサーランス部隊の最前線にいた5名から血が噴き出ていたのだった。


「おおっ!よく斬れる鎧だ!!」


 ロマネスは斬れ味に驚いたのか、幼児のように目を丸くしていた。

 そのまま、彼は馬の手網をグイと引っ張ると、奥にいた騎兵に迫る。


「邪魔だッ!!〝爪剥つまむき〟ッ!!」


 左下から右上へ、そして切り替えしながら左上から右下へ……と、高速で振り抜かれた八の字型の残像。

 彼の斬撃が銀に光っていた。


 そして、彼が通った後にあったのは攻撃を受けて落馬した騎兵らの屍だけだった。


「おい……俺たち、何もしてねぇよな?」


「あぁ。突入の瞬間の一太刀で崩せてしまったし、敵の撃破も……全てはロマネス様がお一人でしていらっしゃる」


「このまま、我らの領主様が敵将メトディオス子爵を討ち取るのも時間の問題だろうよ」


 ロマネスの後ろにいたスライヴとヴァシラは、そう軽口を叩き合うことすら出来ていた。

 突入も、敵の撃破も、全ては100の軍全体で行うべきことである。

 けれども、駆け出したロマネスは留まることを知らなかったのか、後続を置いていくような勢いで剣を振り続けている。


 そのせいだろうか。


「……その男を取り囲め」


 どこからともなく声がかかる。

 と、その刹那。

 槍と盾で防御態勢を取っていた重装歩兵が即座に展開し、ロマネスの周りをぐるりと囲ってしまったのだった。


「領主ッ!!!!!」


 スライヴが、目と鼻の先で包囲された主に対して悲痛の叫びをあげる。


 ゆっくりと進みながら、ロマネスの近くに馬を寄せた男がそこには居た。

 癖ある茶髪と、ミステリアスさを際立たせる独特な法衣ローブが、曇天の中で圧倒的な存在感を放っている。


「メトディオス子爵ッ……!!!」


 ヴァシラはロマネスを取り囲んだ男に向かって、怒りの形相を向けていた。




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