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第13話 敵軍の魔法

 中央軍は、アルウィンの指示によって魚鱗の形を保ちながら、メトディオス子爵と大将ヒュパティウスのいる敵中央軍1万に向けて突進を開始していた。


 魚鱗の陣の前面は重装歩兵で全てを固め、中列には弓と魔法を扱う部隊を、後列には騎馬隊を配置している。


「徹底的に攻めろッ!!潰せッ!!」


 中央軍のど真ん中で指示をしていたのはアルウィンとロマネス・カヴラスだ。


 最初は徹底的に攻め、敵軍が魔法を放つのを待つ。

 そして、メトディオス子爵が特級魔法を放った途端にアルウィンが被弾したという誤報を流して軍を徐々に下げていく───というのが、本日の中央軍の作戦である。


「「勝利のためにッ!!」」


 重装歩兵は盾を構えながら、吠えていた。

 アルウィンに高められた士気によって、魚鱗が敵の方陣と衝突した途端に方陣の前面が一気に瓦解する。


 が、その瞬間に。


「鶴翼の形に展開しろッ!!魔法騎槍ソーサーランス部隊は前進ッ!!

 弓兵も援護射撃をするのだッ!!

 押されるなッ!!」


 敵の総大将であるヒュパティウス公爵は、即座に指示を出してユスティニア軍中央を破ろうとする。

 兵たちは吠え、砂塵は舞った。

 大地を揺らしながら、万の軍勢が陣形を変えていく。

 気が付けばその万の軍勢が、数十秒とかからずユスティニア軍を囲い込む鶴翼の陣を形成していたのであった。


「突撃しながら撃てッ!!!」


 ヒュパティウス公爵は叫ぶ。

 すると、両翼に広がった魔法騎槍ソーサーランスが地鳴りを轟かせながら、濁流のようにユスティニア軍へと突撃を開始したのだった。


 そして、すぐさま左右から放たれるのは虹のような光の雨である。

 魔法騎槍ソーサーランス部隊が、突撃しながら放った魔法。


「結界魔法だ!今すぐにッ!!」


 ユスティニア軍の指揮官が結界魔法を指示して、即座に展開された結界魔法。

 その中の一部が、雲の切れ間から届く光を反射していた。


「魔法は無力化出来たッ!!

 歩兵共よ!密集し、盾を確りと構えるのだッ!!」


 ロマネスの指示で、兵士は呼応して盾をがっしりと構える。

 盾で魔法騎槍ソーサーランス部隊の突撃を封じ、隙間から長槍で突き刺すのだ。

 騎馬の突入を防ぐ方法として、古代から受け継がれてきた伝統的な戦法である。


 けれども、その防御を突き崩して穴を空けられたのであれば、そこから騎馬で深くまで迫ることが可能だ。

 魔法騎槍ソーサーランスの騎馬隊は、何処かでもいいから突破してしまおうと、段々と盾を構えるユスティニア軍に迫っていく。


 そんな中で。

 急に、戦局は大きく傾くのだった。



「…………」


 戦場に不意に風が舞った。

 次の瞬間、その風の中から一人の男が姿を現れる。


 短く整えられたくせっ毛のある茶髪の下にあったのは、深緑の法衣ローブである。

 彼の首から下、身体のほぼ全域に纏わりついているそれは、彼の顔つきと相まって何ともミステリアスな雰囲気を漂わせていた。


 彼には無駄な動きが一切なく、その佇まいには何か計り知れない飄々とした冷淡さがあった。

 兵士たちは思わず視線を奪われてしまうのだが、彼の表情には一切の感情の欠片がなく、ただただ敵であるユスティニア軍の結界魔法を見据えているばかりである。


 その男とは。

 ヒュパティウス軍の中央に入った将軍、メトディオス子爵であった。


 戦場ではなくどこか別の場所に居るのではないかと思ってしまうほど、どことなく周囲から浮いているような彼の視線。


 メトディオス子爵は魔法騎槍ソーサーランス部隊の長として、がっしりと防御をとったユスティニア軍の重装歩兵らの前に立ち、魔法を構築していった。


「〝焔滅覇フレイムオブリビオン〟」


 静かに魔法の名を口にすると、彼の周囲に霧のような淡く青白い光が発生し───それは、風に乗るようにゆらゆらと揺らめきながらユスティニア軍最前線の結界へと迫っていた。


 そしてその光は、ユスティニア軍の重装歩兵に絡みつくと共に、莫大な魔力を周囲に解き放つのだった。


 焔が、炸裂した。


 アルウィンは即座に目を瞑るも、瞼を閉じていても眩しいと理解出来てしまう。


 けれどもそんな光は、ほんの一瞬のうちに収束していた。


 半径が何十ヤードにもなる焔が天を焦がすかのように立ち昇る。

 すぐさま立ち込めた黒煙は、煙幕のように視界を遮っていた。


 空気を揺らす衝撃波が、後列にいたアルウィン目掛けて襲い来る。


「…………なっ!?」


 そんな中で、アルウィンは息を呑んでいた。

 前方で強大な魔力が迸った途端に、突如として最前線の兵が吹き飛んでいた光景を目の当たりにしたのである。


 広範囲殲滅型の特級魔法を放った、メトディオス子爵。

 その魔法の実力は、フェトーラに並ぶような規格外のものだったのだ。


 彼は、冷や汗が止まらなかった。


 ───危険だ。戦力を見誤っていた……!!

 それに……また同じような魔法を撃たれた場合、魔力で身体強化をしていても、オレは命を失ってしまうかもしれないよな!?


 彼がそう思えるほどの常識離れした威力の攻撃が、ユスティニア軍の中央軍の前方を吹き飛ばしていたのだ。


 一対一の普段の戦闘ならば、特級魔法などというものは魔法の効果範囲から抜け出してしまうことが出来るために、今までは大した驚異とは感じていなかった。

 けれど、身動きの取れない戦場のど真ん中に出るとその危険性が確りと解る。


 防御を取れないのならば、避けることの出来ないこの場で一方的に蹂躙された末に死ぬのだと。


 魔法を防ぐ術を持たないシュネル流が、白兵戦では無類の強さを奮うものの、魔法の登場と共に戦場から姿を消したのは、戦場という特異な場所は身動きが取りにくいという特徴があったからだろう。

 自由に動けないシュネル流剣士など、魔法の雨で蜂の巣にされてしまう。

 そうなれば、魔法を斬り伏せることが出来るヴィーゼル流や、魔法を的確に弾けるトル=トゥーガ流が主流となってくるのだ。


 ───あんな魔法を防ぐためにも……色々と考えを巡らせる必要があるよな。


 彼は、即座に被害状況を目視で確認していた。

 失った兵数は、恐らく500から800といったところ。

 1000には未だ届いてはいないだろう。

 そうであるならば、まだまだ作戦は続行できる。


 ───あの魔法使いは……恐らくメトディオス子爵だろうが……作戦に支障が出る。

 早いところ討ち取らなきゃな。


 昨日の戦いでは、メトディオス子爵は全く特級魔法を撃ち込んで来なかった。

 放ってきたのは大魔法までで、威力が他の兵よりも高いという程度の攻撃だった。


 ───オレたちが今日を決戦だと捉えているように、ヒュパティウス陣営も今日が決戦のつもりなのか!?


 彼は、兵の采配を調整しながら思考を巡らせていた。


 メトディオス子爵の魔法の威力に驚き、ロマネスもアルウィンのもとへと馬を走らせて来てくれた。


 彼はアルウィンを見つけた途端に、「ご無事でしたか!!」と声をあげる。


「あぁ。前線はかなり殺られてしまったみたいだが……」


「報告によると、670名が死亡、もしくは大怪我により戦闘続行が不可能だと聞いています」


 ロマネスは、ひどく深刻そうな目線をアルウィンに向ける。


「……そうか。

 あの魔法使いは、間違いなくメトディオス子爵だ。

 似たような魔法を連発して来ないようだが……下手に突っ込むと大勢の兵数を失うな」


「えぇ。我々の作戦にも支障が出ることは明白です」


「だよな。早いところ討ち取らないといけないよな」


 アルウィンとロマネスが、そう話をしている最中にもヒュパティウス軍は徹底的な攻めを続けていた。


 メトディオス子爵の魔法によって、ユスティニア軍の魚鱗の頂点には、巨大な穴を開けられてしまっていた。


 結界魔法も彼の攻撃で全てが掻き消え、運良く生き残った重装歩兵もいたのだが───彼らの間には激しい混乱と恐怖が、電撃のように駆け巡っていた。


 そして、その混乱を狙うようにヒュパティウス軍の魔法騎槍ソーサーランス部隊が、各所を次々と食い破っていく。


「て……敵襲ッ!!!」


「防御陣形ッ!!突撃に備えろッ!!」


「……間に合わねぇッ!」


「がああああああっ!!!」


 前線の指揮官が次々と防御の指示を出していくものの、魔法を撃ちながら食い破ってきたヒュパティウス軍の魔法騎槍ソーサーランス部隊の勢いには勝てず、幾人かは討ち取られてしまっていた。



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