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第21話 ダガール平原の戦い、終結

 前線を押し上げようと突撃をかけるアルウィンと、側面からヒュパティウス軍の逃げ道を塞ごうとするフェトーラにアレス。

 激しく衝突した両軍の数は今や同数となったものの、三方から攻めるユスティニア軍が圧倒的に優位だった。


 三方だけではない。

 東の丘の上で戦況を見守っていたのは、ユスティニア軍の伏兵である、カロヤン・カラザロフ率いる2000の騎馬だ。

 この軍が突撃をかければ、全方位を塞がれてヒュパティウス軍は大きく崩れることになる。


 カロヤンは顎髭を擦りながら、暫くは風に当たっていたのだが……アルウィンが最前線を押し始めたタイミングで息を吸い込む。


「機は熟した……!!突撃せよ!」


 カロヤンの馬が嘶いた。

 先頭で駆けながらも、彼は堂々たる姿で敵陣を見下ろしている。


「走りながら魚鱗の形になれ!密になりながら一気に包囲するのだ!」


 その目は冷徹に戦況を見極め、鋭い声で指示を飛ばしていた。

 彼の存在は味方にとっては希望の光であり、敵にとっては絶望の影だった。








 ………………

 …………

 ……






 開戦当初は余裕を持って勝利出来ると思っていたヒュパティウス公爵だったが、2日目に戦局は大きく動き、フラウィウスやメトディオス、セルゲイといった将を失った。

 三方を囲まれ、最早ユスティニア軍の勝利は揺るぎないものとなってしまっている。

 現在、公爵に採れる選択肢は兵の数を出来る限り確保して撤退し、次の戦でアルウィンを仕留めることだった。


 幾多の旗が棚引く本陣で、公爵は静かに口を開く。


「この戦は完敗だ。次の一手を出す為に撤退する」


 敗北。戦況を見れば明らかであるため、側近たちは黙ってその事実を受け入れていた。


「王都の目の前のメフメト山脈には我が子ミオンが予備選力8000で待機している。現状こちらで残る兵は7000程度だ。出来る限り多くの兵をミオンのもとへ向かわせ、アルウィン・ユスティニアをメフメト山脈で討つのだ」


 公爵はそう低い声で伝えると、東の山を見る。

 が、その時。

 東の山から勢いよく駆け下りてくる軍勢が彼の瞳に映ったのである。



 ヒュパティウス軍の兵士たちが後方から聞こえてくる地鳴りに気付いたのか、周囲にざわめきが広がっていく。


「あれは……カラザロフ家の紋章だ……」

「何故……あの騎馬軍がここに……!」


 戦意を喪失したような声がヒュパティウス軍から漏れ始める一方で、ユスティニア軍の士気は依然として高い。

 カロヤンの軍勢が動き出すと、ユスティニア軍は勢いを更に強め───戦場全体がその気配に飲み込まれたように感じられた。


「公爵様!このままでは完全に包囲されますッ!ここから打って出て、カラザロフを撃破せぬ限り貴方様は……」


 ヒュパティウス公爵の側近が、彼にそう進言する。


「あぁ……ミオンに合流するためにも奴を撃破せねば。全軍!反転せよ!」


 三方をユスティニア軍に囲まれてしまっているが、依然として兵の数は7000と多いヒュパティウス軍。

 殿しんがりさえしっかりしてくれれば、充分に反転攻勢に出て侯爵を撃破出来る力はある。


「殿は……我にお任せを」


 側近の一人がそう言い、駆けていく。

 その姿を横目に見ながら公爵は息を吸い込む。


「全軍!傾注せよッ!この戦は敗北だッ!!

 だが……このまま何も考えず撤退するとカラザロフ家の軍が我々を食い破る!

 死にたくないのなら奴らなど蹴散らせ!!

 突撃だァッ!!」


 魂の叫びが、公爵から発せられた。

 それに呼応して、兵たちは一塊となってカラザロフ軍に向けて走り出していたのだった。








 ………………

 …………

 ……







「不味いな。このままだと敵総大将には逃げられるし、カラザロフ侯爵が喰われる」


 ヒュパティウス公爵の軍が決死の表情で移動していく状況を見ていたアルウィンは、大きく息を吸い込んだ。


「スライヴとヴァシラに伝えろ!!

 後方の部隊から1000づつあの二人に騎兵を与える!

 撤退するヒュパティウス軍に回り込んで挟撃をさせるんだ!!」


 王の座に就くときにはカラザロフ家の力は必要だと感じていたアルウィンは、どうしても侯爵を救わねばと思ったのだ。


 最全線で決死の表情の殿部隊をちまちまと削りながら、アルウィンは南中を過ぎて傾きかける陽を睨んでいた。


「間に合ってくれ……スライヴ、ヴァシラ……」


 彼は譫言のようにそう呟きながら、何度斬られても立ち上がってくる兵士に一撃を与えていった。


 時間は、刻一刻と過ぎていく。

 公爵と侯爵の軍勢が火花を散らすまでの猶予は間もなく尽きる。


 ヒュパティウス軍のうち、殿に回った兵は1000程度だ。

 6000の公爵と2000のカロヤンの軍が正面からぶつかれば、兵数の多い方が勝つことは明白である。

 だがその6000の後方に別働隊を当てておけば、戦況は大きく変化する。

 そのためにアルウィンが放ったのがスライヴとヴァシラなのだ。

 間に合ってくれ、間に合ってくれと彼は何度も口にして曇天の空を睨む。



 その雲の薄いところから光が差すと同時に───吉報が彼に届いた。


「アルウィン様!報告致します!

 ヒュパティウス軍とカラザロフ軍が衝突する前に、スライヴ殿とヴァシラ殿が兵1000を率いて左右から突撃に入りました!」


 その言葉にアルウィンは拳を突き上げ、周囲の兵はワアッと歓声をあげた。


「撤退の足止めに成功しています!

 そして、どうやらアレス殿も追加で500の兵を送っているようです……!!」


 報告を聞く限りでは、撤退するヒュパティウス軍をスライヴとヴァシラが分断させ、アレスの手勢が前方にすかさず横撃を仕掛けたという。


「アレスもなかなかの援助をしてくれるじゃないか。

 これで───カラザロフ侯爵の突撃が綺麗に入るな」


 満足そうなアルウィンが呟くのと同時に、大歓声が場を支配する。

 それは、スライヴとヴァシラ、アレスによって混乱状態にあるヒュパティウス軍に向けてカロヤン・カラザロフ率いる2000の騎兵が突撃した時の叫び声だった。


「打って出られた時はどうしようかと思ったが……仲間の巧みな判断によって我々は活躍の場を与えられた!敵はヒュパティウス公爵ただ一人!首を取った者には格別の酒を振舞ってやろう!」


 カロヤンは高らかにそう宣言し、勢いに乗る2000の騎兵は乱れた所から容易くヒュパティウス軍の内部へ侵入する。


「新たな敵影ッ!カラザロフ家の旗が来たッ!」

「公爵様をお守りしろッ!」

「ダメですッ!敵がもうそこま───がああっ!!」


 味方から沸き起こる雄叫びと、阿鼻叫喚となったヒュパティウス軍。

 公爵家当主ニカ・ヒュパティウスが討ち取られたのは、それから僅か数分後だった。

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