目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第22話 山脈にて

「結果的に見れば───オレらの完勝、なんだよな」


 翌日、アルウィンの声はいつもよりも暗かった。


 1万2000いたユスティニア軍は戦いによって数を2000ほど減らした。怪我による戦闘不能者も、その中には含まれている。

 一方、2万6000いたヒュパティウス軍は戦死者や怪我人が7000名、捕虜は将官を中心として1000名、残る1万8000の兵たちはてんでバラバラに脱走していった。


 彼の言う通り、結果的に見れば完勝であるのだが、自らのために犠牲となった者が2000もいたという事実は、彼の胸に重く伸し掛っていた。




「王都に向けて進軍するぞ」


 彼の胸中と反して、二倍以上の敵を見事打ち破った戦勝ムードの兵たちの進軍速度は速かった。


「アルウィン。あんた、随分とシケた顔ね」


 いつの間にか隣に馬を寄せてきたフェトーラ。

 彼女の凛とした表情は変わっておらず、その顔を見た途端、彼は心に抱くモヤモヤが僅かに晴れたような感覚を覚える。


「堂々とした振る舞いなのが凄いな、フェトーラ」


「まぁ……あたしには、似たような経験があるからよ」


「……そうか」


 彼女の長い銀の髪が、風に揺れる。


「この先のメフメト山脈を超えればもう王都だ。捕虜に聞いた話じゃ、公爵家のミオン・ヒュパティウスって奴が5000の兵を引連れてオレらを待ち構えているらしい」


「防戦を張るということは……山の中に兵を忍ばせているのよね?」


「そうだな。間違いなく高地に陣を敷いているだろう。兵力はこっちの方が多いが疲れ切っている。そして、地の利は完全に向こうにあるんだ」


「だったら……苦戦は間違いなさそうね」


「山の攻め方はヴェンデルから教わっているが、あの人からは、山登りをするよりも野戦に誘き出した方がいいと言われている。上手い作戦を考えなきゃだ」


 彼が睨むメフメト山脈まで、まだ50マイルある。

 が、その時、彼の横の茂みがガサゴソと音を立てた。


「!?」


 気配に気が付き、魔力感知を発動させながら一瞬で剣を抜いたアルウィン。

 けれどもフェトーラが「待って」と彼を止める。


 茂みから現れたのは、冰黒狼ダイアウルフに乗ったルーベン族のゴブリンだった。


「アルウィン様!族長からの伝令でさぁ!」


 アルウィンの元に飛び込んできたゴブリンに彼は目を丸くした。


 戦の二日目にセルゲイの軍を斜めに突破したルーベン族だったが、彼らはその後も進軍を続け、身軽さを利用して樹上を跳びながら既にメフメト山脈を越えている頃合だ。


 ベルラントは何か報告すべきことがあって伝令を寄越したのだろうとアルウィンは推察し、「解った。教えてくれ」と言う。



「へ、へいっ!この先に山脈を超える道が三つあるらしいんすが、その全てに隘路があって、両側に少数の敵が居ると族長が!」


「まぁ、狙うとしたらそうなるよな」


 山道がある場合、わざと敵に谷間を進ませて、その両側から強襲するという手法がよく見られる。

 そのため、ミオン・ヒュパティウスがそういった戦術で来ることも予想がついていた。


「こっちの通るであろう山道三つを全て押えたのね」


「あぁ。敵はオレらがノコノコと山道を通るまで動くつもりがないようだ。やっぱ作戦を練らないと」


 そう言ったアルウィンだったが───伝令の次の言葉で状況は一変する。


「族長は、今のうちに数名をミオン・ヒュパティウスの元に向かわせれば討ち取れるから、作戦変更の許可が欲しいようでさぁ」


「「……!?」」


 ルーベン族の族長ベルラントからの請願に、アルウィンとフェトーラは目を合わせた。


「……ルーベン族は冰黒狼ダイアウルフに木々を飛び越えさせて狩りを行うから、その技量を駆使すれば邪魔な奴らを消せるかもな。

 元々の作戦に支障が出ない程度に、山道三つ全てにいる部隊長クラスの指揮官を全て暗殺しろ」


「そうね。それが適切かも」


 フェトーラも、アルウィンの考えに同意する。

 部隊長が消えれば、こちらが敵の予測出来ないような攻撃をしたとき、敵は臨機応変に動きにくくなる。

 そうなれば、山越えは簡単だ。


「へい。承知しやした。族長のもとへ伝えやす」


 伝令のゴブリンは、いつの間にか風に紛れて消えていた。








 ………………

 …………

 ……








「メフメト山脈で一番太い、中央の道は馬車が対面通行出来るくらい広んですよ」


「じゃあ……敵側はそこを重点的に守ってるってことだな?」


「そうなると思います。北側の道は高低差が激しいため行軍に向いていませんし、南側の道は細い上に曲がりくねっていて各個撃破されやすいんです。中央が本隊、北と南がもしものための予備兵力が居ると見た方がいいと思いますよ。

 それに……そろそろ僕が放った斥候が帰ってくる頃です。実際に現場を見てきた彼らからの報告も恐らく僕の想像と同じなはずです」


 夜。

 メフメト山脈まで8マイルというところで焚き火を囲いながら、アルウィン、フェトーラ、アレス、そしてロマネスの代理として目覚しい活躍をしたスライヴとヴァシラが山越えの作戦について打ち合わせをしていた。


「そろそろ斥候が戻ってくる時間です。あっ、丁度ぴったりに来ましたね」


 アレスは集まる前から予め斥候を飛ばし、メフメト山脈内の敵の位置を確認させている。

 彼の視線の先には、馬に乗った軽装騎兵がいた。

 兵士は馬から飛び降りると、火を囲む三人に跪く。


「報告します。メフメト山脈の敵影は───」


 その報告に、アレスはニヤリと笑うのだった。


「地の利は向こうにありますが、翌朝には現場の指揮官が消えているだろうし、僕たちに居場所は掴まれている……これで、少しばかり有利になりましたね」


「アレス殿の仰る通りですね。敵軍に同情したくなります」


 スライヴはそう言ったのだが、フェトーラは溜息のあとに続けた。


「スライヴ、油断は禁物よ。臨機応変に兵を動かせるような有能な人物が紛れ込んでいるかもしれないわ」


「確かにそうだね、フェトーラさん。

 だとしてもそんな将兵に動かれてもいいように……先に僕と、スライヴさん、ヴァシラさんで山攻めをさせて欲しいと思ってます」


「三人が?」


 アルウィンは目を丸くした。


「はい。一応の保険ですが、戦の経験がある僕らから行かせてください」


「そうね。アルウィンは未だ経験が少ないから……」

「お前もだろ、フェトーラ」


 すかさず突っ込んだアルウィンに、フェトーラは「あぁ、そうだったわね」とやや慌てて返すと、彼女以外の四人は声を立てて笑うのだった。


 パチパチと薪が弾ける音がする。

 炎は五人を照らしながら、天へと昇っていくのだった。








 ………………

 …………

 ……








 翌朝、メフメト山脈の敵陣は一人の兵士の悲鳴から始まった。

 その音は夜明けを告げる雄鶏のように鋭く響き、眠い目をこすりながら現れた他の兵士たちは───その光景を見た途端に一瞬のうちに眠気を醒まし、絶望に駆られるのだった。

 ミオン・ヒュパティウス含む部隊長クラス十数名が首を射抜かれた遺体で発見されたのである。


「ミオン様……それに、歴戦の将官が全員殺害されている……ユスティニア軍の仕業だよな」

「俺たち……このままじゃ、指揮官たちみたいに殺されてしまうんじゃないか?」


 指揮官が殺害されたことによって渦巻く不安感。

 その声を聞いた斥候が静かに山を下ってアレスに報告すると、彼は少しだけ楽しそうに口を開く。


「行こうか」


 陽が昇りかけると同時に、アレスの精鋭部隊500とスライヴとヴァシラの連合部隊500は中央の山道で待ち伏せしようとする敵に向かって動いていた。


 山脈を守る敵部隊は、谷底に駆け下って攻撃をするために山道の両脇に幅広く展開していた。

 その位置を斥候によって知っていたアレス、スライヴ、ヴァシラは敢えて山道を通らずに急勾配を駆け登ると、指揮官不在の敵陣を横から襲撃したのだ。


「蹴散らせッ!我らの勝利のために!」


 猛るヴァシラの声は、谷の反対側のアレスにも聞こえる程に大きかった。

この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?